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驚きのマテリアル 超・薄・微 一億人の化学
/大日本図書


メゾスコピック系の物理
/丸善

no image
Quantum Dot Devices and Computing/SPIE


Quantum Dot Heterostructures
/John Wiley & Sons



 

  
イントロダクション
量子ドットの基礎
量子ドット作成 - トップダウンとボトムアップのアプローチ
応用1 量子ドットレーザー
応用2 単一電子トランジスタ
応用3 量子セルオートマトンによるコンピューティング
応用4 フォトルミネッセンスを利用したバーコード

リンク集

 
■量子ドット
 −応用3 量子セルオートマトンによるコンピューティング


配線をなくしたコンピュータ回路

 ボトムアップ的な手法で分子コンピュータをつくろうとするとき、ほとんどすべての場合に共通している問題が、どうやって配線をつなぐかということだ。すでに面白い特性を持った分子スイッチや分子メモリは考案されているが、残念ながら現時点では、それらの素子を配線でつないで回路にする有力な手段が見つからないでいる。

 しかしこの問題の解決について、量子ドットを用いたある方法が重要な示唆をしているように思われる。量子ドットのトンネル効果による干渉を利用することでセルオートマトンをつくり、従来の配線を取り除いたコンピュータアーキテクチャが、米国ノートルダム大のLent,Porodらによって提案されたのだ。この量子ドットを用いたセルオートマトンは、「
Quantum Celluar Automata(QCA)」と呼ばれている。

 セルオートマトンは20世紀の天才フォン・ノイマンによって考え出された。ノイマンの考え出したセルオートマトンは難解だが、一般的で分かりやすいセルオートマトンはコンウェイの考え出したライフゲームだろう。それを簡単に説明すると、二次元上に並んだセル、つまり碁盤の目のようなところを舞台にして、セルを白に塗るか黒に塗るかを時々刻々と決めていくというものだ。あるセルが次の世代に白黒のどちらのパターンをとるかは、まわりのセルのパターンによって決まる。単純なルールだが、コンピュータシミュレーションの分野などで、様々な興味深い研究が行われている。



量子ドットセル

 では、量子ドットをもちいて、どのようにセルオートマトンを再現するのだろうか?その前に、まず量子ドットの重要な性質について知っておく必要がある。ここで量子ドットの性質を考えるのに、ある例え話を考えてみよう。

 Q; -- 二つのバケツを用意し、それぞれ離して置いておく。この二つのバケツのうち、片方には水を入れ、もう片方は空のままにしておく。そのまま放置し、ある程度時間がたったあとにバケツの中を除いてみると、どのようなことが起こっているだろうか? --

 A; -- 当然、はじめの状態と同じはずである。片方のバケツの水が空のバケツに移動しているのを目の当たりにしたら、誰しも驚くことだろう。水が重力に逆らってバケツの壁を登ったりしない限り、このようなことは起こるはずがない。--

 ところが、量子ドットでは、水が移動するようなことが起こり得るのだ。エネルギー的な壁が存在しているのにもかかわらず、電子はお互いに離れている量子ドットの間を行ったり来たりしているのだ。

 このように、量子ドットの井戸型ポテンシャルに閉じ込められていたはずの電子が、跳び越えることの出来ないポテンシャル障壁をすり抜けて行ったり来たりする現象をトンネル効果と呼んでいる。エネルギー的安定を得るためには、電子は量子ドット間を移動することが出来るのだ。


 例えば、上図のように量子ドットを5つ並べて、二つの電子を与えた場合を考えてみよう。(青丸は電子をもつ量子ドット、白丸は空の量子ドット、水色の四角は量子セル単位である。)

 電子と電子はお互いに反発し合うので、量子ドット間を移動して、お互いに離れて分布することになる。その結果、電子はセルの対角線上のドットに離れて分布するようになる。エネルギー的に安定になるためには、上の二つの状態しかとることが出来ない。したがって、これをコンピュータの"0"と"1"に振り分けることが出来る。

 この5つのドット(最低4つのドットでよいが、中心も置くことでエネルギー的な安定を実現する)を一まとめにして、「量子セル(Quantum Cell)」とする。これが量子セルオートマトンの基本単位となる。以下では、量子セルを組み合わせることで簡単な論理ゲートなどをつくることが出来ることを紹介しよう。



量子セルで情報を運ぶ


 二つの量子セルが並んだ場合について考えてみよう。例えば上図のA1のような場合、左のセル(driver cell,入力用のセル)と右のセル(unfixed cell)との間で、電子をもった量子ドットがお互いに近づいて存在している。したがってA1はエネルギー的に不安定である。そのため、右側のセルでは電子が移動して、エネルギー的に安定なA2の状態に移る。同様に、不安定なB1から安定なB2に変化する。

 これを利用すれば、量子セルを幾つか並べることで、電子の分布状況の情報を運ぶことが出来る。その様子を下のフラッシュアニメーションに示した。


量子セルオートマトンを使った「ワイヤ」

 ここで注意しなければ行けないのは、従来の導線と異なり、電子が直接ワイヤ上を移動しているわけではないことである。それぞれの量子セル内の電子が位置を変えているだけである。そのため、従来の導線のように抵抗発熱などの心配もないし、情報速度も非常に速い。電子の分布がセル内でわずかに偏るだけでよいのだから当然だろう。



量子セルで情報を処理する


 量子セルの配置のしかたを工夫すれば、コンピュータ回路の基礎となっているNOT,AND,ORなどの論理ゲートを組みたてることが出来る。

 上図には、その最も簡単な例である多数決器とインバータ(NOTゲート)を示してある。

 このように組みたてていけば、理論上は無限に複雑なコンピュータ回路を組み立てることも可能である。



量子セルオートマトンの利点

 現在のコンピュータ回路ではMOS FET(MOS 電界効果型トランジスタ)が利用されているが、小型化が進むにつれて、電流のリークや配線どうしのクロストークなど、厄介な量子現象が大きな障害となる。そのため、単純に小型化を続けて行くのは難しい。

 一方で量子セルオートマトンでは、はじめからトンネル効果などの量子現象をうまく利用しているので、小型化も問題ない。したがって、現在のコンピュータよりもはるかに高性能なものを期待できる。

 また、先ほども述べたように、電流が流れて情報が伝わっているわけではないので、抵抗発熱が起こらない。現在のコンピュータではこの発熱が大きな問題となっている。



残された大きな課題

 このようにいいこと尽くめのように思える量子セルオートマトンだが、実際にデバイスとして利用できるようになるまでには相当の課題が残されている。

 まず、どうやって量子ドットをつくり配置するかということにある。これまでにも、量子セルオートマトンで簡単な論理ゲートがつくられてきたが、それは電子線リソグラフィーなどを用いた方法だった。この方法では、時間がかかりすぎてコストもかかり、純粋に機能を検証するだけならともかく、大量生産には現実的ではない。

 現在では、金属表面で量子ドットを自己形成させる技術が成長しつつあるが、まだ量子ドットのサイズや配置などが不均一という欠点もある。量子セル内の量子ドットは、厳密なサイズや配置でないと、障壁ポテンシャルの大きさや量子ドットのもてる電子数などで問題が生じ、うまく機能しないだろう。

 また、現時点ではほぼ絶対零度の極低温でしか量子セルオートマンが機能しないことも問題になっている。量子ドットの生成がうまくいけば、熱力学的なノイズの割合が小さくなり室温でも機能するようになるかもしれないが、現時点ではその実現は難しい。



応用2 単一電子トランジスタ 応用4 フォトルミネッセンスを利用したバーコード