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「道具」としての自己組織化
- 分子会合から分子認識へ - ランダムな分子を「分子情報」でまとめる



 はじめは混沌とした分子のスープがありき、というわけで、エントロピーに打ち勝って自己組織化が進んでいくためには、分子を結び付けていく力が必要です。まず、共有結合以外の分子相互作用をいくつか挙げてみましょう。

 ・ファンデールワールス力
  無極性分子間にも働く分子相互間力。引力としてはたらくが、分子間距離が短くなると、強い斥力(反発力)としてはたらく。

 ・クーロン力
  電荷をもつイオン間にはたらく。イオン間の距離に反比例して比較的ゆっくりと減衰するので、ファンデールワールス力より遠くまで影響が及ぶ。

 ・水素結合
  電気陰性度の高い原子(OやNなど)に共有結合した水素原子Hと、電気陰性どの高い原子高い原子との間にはたらく結合力。結合に方向性があり、分子相互間力のなかではかなり強い。生体内ではかなり重要な役割を果たしている。

 ・配位結合
  ある原子が非共有電子対(孤立電子対)を持つ原子との間にはたらく結合。共有結合の特殊なかたちとみることもできる。

 ・疎水結合
  分子の親水・疎水性によって、球状ミセルなどのように分子を集合させる力。実際は具体的な結合が生じているわけではなくて、エンタルピー的な安定化によって引力がはたらいているように見える。



 いくつかに分類することのできる分子間相互作用ですが、これらは共有結合にはない特徴で共通するところがあります。主に二つほど挙げられて

 ・共有結合は分子によって持てる数が限られてしまうのに対し、これらの分子相互作用は分子にとって持てる数に制限がない。そのため、さまざまな分子相互作用の組み合わせによって、非常に多様性が生じる。

 ・共有結合に比べて基本的に結合力が弱いので、結合の組換えが簡単に行われる。結果として、分子の柔軟な性質や機能の発現につながる。



 しかし、こうやって分子どうしが結びつく結合が多様に存在していることは分かりましたが、その結合力によってランダムに「自己会合」しているだけでは、分子認識というものは生じてきません。分子認識というものは、いったいどのように生まれてくるのでしょうか?

 先ほど、弱い分子間力に共通する性質の一つに、結合の組み合わせに多様性が生じることを挙げましたが、その多様な組み合わせのなかで、もっとも(熱力学的、反応速度的に)有利な組み合わせが選ばれるようになっているのです。これこそが、分子認識につながるのです。

 例えば生体内の酵素は、私たちの手では再現できないほど高度な分子認識を示しますが、その理由は酵素だけにしかない特殊な結合が存在しているのではなくて、分子間力の複雑な組み合わせによるものなのです。先ほど挙げた分子間力の組み合わせが異なるだけで、私たちがつくれる簡単な分子も生体内の酵素も基本的な要素では共通しているのです。


 では具体例に、最も簡単な構造の「クラウンエーテル」を挙げてみましょう。クラウンエーテルは金属イオンを特異的に選択する能力を持っていますが、これの具体的な仕組みはどうなっているのでしょうか?

 まず、ここで生じている分子間力は、クラウンエーテルの「ドナー原子」と金属イオンとの間の配位結合です。分子認識は、ドナー原子の数、ポケットの大きさ、そして金属イオンの電荷や大きさ、溶媒の影響などの組み合わせによって生じます。以下の表に、いくつかのクラウンエーテルと金属イオンのペアを挙げておきます。


    イオンの大きさ(直径)とクラウンエーテルのポケット直径 
イオン(ゲスト) イオンの大きさ/nm クラウンエーテル(ホスト) ポケット直径/nm
Li+ 0.136 12-クラウン-4 0.12〜0.15
Na+ 0.194 15-クラウン-5 0.15〜0.22
K+ 0.226 18-クラウン-6 0.22〜0.32
Cs+ 0.334 21-クラウン-7  0.34〜0.43
 ※○-クラウン-□の□は酸素原子の数、○はクラウンエーテルを構成する炭素、酸素原子の数。


 ただし、クラウンエーテルは外見からして分子構造が単純なように、分子認識も曖昧なところがあります。例えば、ポケット直径よりずいぶんと小さい金属イオンが二つ以上はまり込んだり、ポケット直径より大きい金属イオンが、二つのクラウンエーテルにサンドイッチされるかたちでとりこまれることがあります。このように、ホスト、ゲストの関係が必ずしも1:1になるとは限りません。

 しかし、現在では人工、天然分子を問わず、クラウンエーテルとはくらべものにならないほど高度な分子認識を示すものが研究されています。例えば、「カリックスアレーン」、「シクロデキシトリン」にはじまり、「不斉識別(光学異性体の識別、2001年のノーベル化学賞を受賞した野依名大教授の研究成果が、この不斉識別の可能な触媒の合成だった。)」の可能な合成有機分子などがあります。

 生体内で合成されるアミノ酸などが、一方の光学異性体しかないことは、長らく生物の神秘的なところと考えられてきた。しかし現在ではそういう不斉識別の可能な分子も人工的に合成できるようになりつつあります。まだ、酵素のような高度な識別性をもつ分子を人工的に合成するのは難しいのですが、生体内にはないような有益な人工酵素の合成も今後可能になると考えられています。


 従来の化学にあまりなかった「分子情報」という概念が、この「ホストゲスト化学」によって培われてきました。そして、さらに高度な超分子化学へと話は展開していきます。

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