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分子ナノテクノロジー 分子の能力をデバイス開発に活かす
/ 化学同人


Chemistry of Nanomolecular Systems: Towards the Realization of Molecular Devices / Springer Verlag


Molucular Electronics II
/NewYork Academy of Science


Future Trends in Microelectronics: The Nano Millennium
/Jhon Wiely&Sons

     最終更新日;2002/10/16
 

  
イントロダクション
なぜ分子エレクトロニクスか?
単一分子素子とは何か?
さまざまな単一分子素子
集積化を目指して
リンク集

 
■分子エレクトロニクス
 - なぜ分子エレクトロニクスか?

  「なぜ分子エレクトロニクスか?」

 これは非常に重要な問いだ。現在、半導体を基礎とするエレクトロニクスは順調に成長を続けている。とくにムーアの法則とともに進歩を続ける半導体集積回路は、その象徴的な存在だ(「なぜナノテクノロジーか? エレクトロニクス分野で期待されるナノテクの役割」を参照)。それに少なくとも今後何年は、この調子で成長を続けると考えられている。

 このような状況で、分子エレクトロニクスなどという従来とは異なった方法を考える必要があるだろうか?従来と異なった方法ということは、基本的には一から技術を積み上げていかなければならない。これまでの50年間で半導体業界が蓄積してきた技術と投資は膨大なものだ。おそらく分子エレクトロニクスでも相当の技術の蓄積と投資が必要になるだろう。そう考えたとき、分子エレクトロニクスにはそれに見合うだけの価値があるのだろうか?

 もちろん、今の時点でこの問いに対する解答を導き出すことなど出来ない。しかし分子エレクトロニクスを考えるときは常にこのことを忘れるわけにはいかない。そこでここでは、半導体エレクトロニクスに対して分子エレクトロニクスがどれだけ優れたポテンシャルを秘めているのかを考えてみることにしよう。


●サイズ

 半導体業界は今後数年は見通しがたっているものの、それ以降は暗雲が立ち込めている。まず現在の調子で成長が続けば、2020年ごろには集積化回路の中のトランジスタのサイズが原子一つ程度の大きさになってしまう。当然ここが最終地点と言うことになる。しかしそれ以前に、半導体微細加工技術が頓挫する可能性は高い。というのも微細加工の中心的な役割を果たしている「フォトリソグラフィー」で加工寸法をさらに小さくしていくのは非常に困難だし、それに必要な投資の額もとんでもない値になっている。

 そもそも半導体産業では微細加工に微細加工を重ねるというトップダウン的な手法をとってきたわけだが、現在のトランジスタの最小寸法が90nm程度であるのに対し、あとあとで具体的に紹介するように、分子トランジスタならそのサイズをベンゼン環三つ程度の大きさ、つまり数nm以下におさえることが出来る。分子エレクトロニクスでは数十倍から数百倍の微小化が可能なのだ。


●再現性

 半導体集積回路の製造では、「ドーピング」と呼ばれる重要な行程がある(「半導体」のページを参考に)。これは純度の高いシリコンなどに電気的不純物を加えることで、その半導体の電気的な性質を変化させる。基本的にドーピングする不純物元素の割合は非常に小さい。このとき、半導体のサイズが大きい限りは、不純物添加は統計的に行ってしまってよい。ところが半導体のサイズが小さくなってくると、もはや統計的には扱えなくなり、不純物添加は非常にシビアなものとなってくる。したがって不純物半導体にムラが生じてしまうのだ。ムラが生じたら、電子回路はうまく機能しないし、場合によってはショートしてしまう。今の半導体集積回路の微細化が進むと、こういった再現性の問題が生じてくるのだ。

 ところが分子エレクトロニクスの場合は、分子の構造を決定すればその分子の電気的な性質は一義的に決まってしまう。つまり、分子軌道計算を行うときのように、分子の状態が完全に決まってしまうのだ。したがって分子エレクトロニクスは、ナノスケールでも再現性が非常に高い。


●性能

 逐次処理的なコンピュータ(現在の標準的なコンピュータはみなこのタイプ)では、集積回路の性能とそこに組み込まれている素子のサイズとには、重要な関係がある。集積回路の情報処理の性能Pは、一般に次のような式で表される。

   P = k x n x f
   集積回路に含まれる素子の数n、素子のスイッチング周波数(周波数が大きいほどスイッチの切り替えが速い)f、k;係数

 集積回路に詰め込まれている素子が多いほど、そしてその素子のスイッチング速度が速いほど、集積回路の性能が高いというわけだ。では、ここで微細加工寸法が1/2になったときに、上の式の変数にどのような影響を与えるかを考えてみよう。

 ・スイッチング速度
 トランジスタのスイッチング速度は、電子が固体内を横切る速度で決まる。そのためスイッチング速度を上昇させるには、電子の移動速度を速くするか、電子の移動する距離を短くするかということになる。電子の移動速度を速くするには、ゲート領域の材料に電子の移動を散乱しにくいもの(極端な場合、超伝導体)にすればよい。また、電子の移動する距離を短くするには単にゲート長を短くすればよい。一般的には後者の戦略がとられている。つまり加工寸法が1/2になったことでゲート長も1/2となり、スイッチング速度が2倍になるというわけだ。

 ・素子の数
 集積回路は、そしてそれに含まれる素子は、「ウエハー」と呼ばれるシリコン基板に二次元的に書き込まれている。そのため加工寸法が1/2となると、単純な計算から同じ面積の集積回路に4倍の数の素子を詰め込めることになる。

 そのため単純な計算によれば、素子のサイズが1/2になれば同じサイズの集積回路の情報処理能力Pは8倍になる。これほど単純な計算で分子素子の集積回路の性能を予測することはできないが、分子素子のサイズを活かせば現在のコンピュータの1000倍以上のものが可能だと考えられている。


●製造コスト

 分子エレクトロニクスで活躍することになるボトムアップの手法は現在確立されているわけではないのでなんとも言えないが、一般に「自己組織化」などで集積回路が組み立てられれば、相当の省エネが図られると思われる。現在の半導体回路はクリーンルームで非常に高エネルギーな装置が多用されているが、自己組織化による手法は、極端な話、ビーカーのなかで溶液を混ぜるだけといったものだ。ビーカーひとつの中には分子素子が1020個といったオーダーで含まれており、大量生産にも向いている。ただし、「集積化を目指して」のページでも触れているように、今のところ効率的で将来的にも有望な手法が確立されているわけではない。

 なお分子エレクトロニクスの場合、必要な元素は炭素や窒素、酸素など非常にありふれたものが中心となる。半導体のように、ゲルマニウム、インジウム、エルビウムといった希少な元素が必要になることは少ない。この点でも製造コストを抑えることが出来るし、環境にもやさしいという利点も挙げられる。


 以上挙げたものはやや楽観的すぎる感じも否めないが、それでも多角的な方面から分子エレクトロニクスには大きなアドバンテージがあることが分かるだろう。



イントロダクション 単一分子素子とは何か?