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有機ELのはなし
/日刊工業新聞社



有機ELのすべて
/日本実業出版社



Organic Light-Emitting Devices: A Survey
/ Springer Verlag



     最終更新日:2002年11月24日
 

  
 イントロダクション
一部:さまざまなルミネッセンス
 ホタルの発光、ルビーの輝き
 ゆらめくオーロラと有機ELディスプレイ
二部:りん光が有機ELを明るくする
 蛍光とりん光;励起状態の科学
 りん光発光材料を用いた量子効率100%の有機ELディスプレイ
 リンク集

 
■有機ELの科学;ホタルの発光から量子効率まで
 - 蛍光とりん光:励起状態の科学

蛍光・りん光とは?

 前のページでは、ルミネッセンス現象を刺激方法による違いで分類した。しかし、励起状態からの減衰過程(decay process)に注目すると、「
蛍光(fluorescence)」と「りん光(phosphorescence)」という二種類のルミネッセンスに分類することができる。日常生活のなかでは、特に減衰時間の長さに注目して、蛍光とりん光を区別することが多い。

 一般的には、白色光や紫外線を照射している間だけ発光し、照射をやめると直ちに発光がやんでしまう現象を蛍光と呼び、照射をやめた後もしばらく発光している現象をりん光と呼んでいる。例えば低温でアントラセン分子に紫外線を照射すると、照射のあいだは青色の蛍光が観測され、照射をやめると今度は赤色のりん光が観測される。

図1.アントラセンの蛍光とりん光:寿命による区別

 しかし、場合によってはりん光の寿命もマイクロ秒程度と非常に短いこともあるので、蛍光とりん光を寿命の違いで分類することはあまり本質的ではない。蛍光とりん光を正確に区別するためには、電子の励起過程がどのようになっているかを注目する必要がある。専門用語のオンパレードになってしまうが、その詳細について見ていこう。



スピン多重度に注目した蛍光とりん光の違い

T.蛍光、                 U.りん光
図2.ジャブロンスキー・ダイアグラム

 図2のTに蛍光に関する一連の過程を示してある。まず何らかの刺激によって、分子が電子的に励起される(青矢印、吸収)。その後、まわりの分子などと衝突しながらエネルギーを失い、励起状態で最も低いエネルギー準位まで落ちていく。この過程では放射は起きない(黒矢印、無放射減衰)。さらに電子基底状態に落ち込む(緑矢印、蛍光)。このときのエネルギー差が蛍光として放出される。
以上が蛍光の一連の過程だ。

 りん光の場合も、途中までは蛍光と同じ励起過程を経る。では、蛍光とりん光の違いはどこにあるのだろうか?これを理解するためには、励起状態の電子スピンの多重度に注目しなくてはいけない。(スピンについては「スピントロニクス/スピンとは?」などを参照。)


図3.各電子状態でのスピン配列
A.基底状態(S0)、B.励起一重項状態(S1)、C.励起三重項状態(T1)
 外部からの光の吸収などによって分子が基底状態から励起状態に移るとき、基本的には電子スピンの向きはそのまま保存される。したがって遷移後は図3のBのようなスピン配列になっている。この電子スピンが反平行になっている状態を「励起一重項状態(S1)」と呼んでいる。S1からS0へ戻るときに、差分のエネルギーが蛍光として放射される。

 一方、S1から項間交差が起きると、スピンの向きが変わり図Cのように電子スピンが平行になることがある。このような状態を「
励起三重項状態(T1)」と呼んでいる。T1からS0へ戻るときに、差分のエネルギーがりん光として放射される。

 しかしここで注意しなければいけない。パウリの排他律によると、2つの電子が同じ軌道を占有するときは電子スピンが対を作っていなければならない。そのためT1からS0へ電子がそのまま入ることはできず、その過程でスピンの向きが変わらなければならない。このため、分子がT1からS0へ一気に戻ることができず、りん光もゆっくりと漏れ出すということになる。これがりん光の寿命が比較的長い理由である。



スピン選択律とりん光

 これまでは話の複雑化を避けるため説明せずにいたが、実は遷移の際にスピンの向きは自由にかわることはできない。スピン選択律によれば、遷移のときにスピンの向きは保存されなければならない(儡=0)。そしてこの条件を満たさないのをスピン禁制遷移と呼び、そのような遷移は起こりえないとされている。

 しかし、そうだとするならば、これまで話してきた項間交差やりん光はスピン禁制遷移であり、起こりえないのではないか?誰しもそう思うところだろう。

 じつはスピン選択律(儡=0)というのは、純粋に電子遷移だけを考慮したものである。したがって、スピン軌道カップリング(「スピンとは?」を参照)の影響などによって、スピン選択律(儡=0)が厳密に成り立たなくなることもある。つまり、名前のうえでは「禁制」遷移とされているりん光だが、文字通り「禁止されている」というわけではなくて、実際に観測することができるのだ。ただし、その確率は非常に低く、T1からS0への遷移でエネルギーをりん光として放射するのはわずかで、ほとんどの場合はエネルギーが熱的に失われてしまう。

 なお、スピン軌道カップリングの影響が大きくなるのは、分子がSのようなかなり重い元素を含むときなどであり、スピン軌道カップリングの影響が大きいほどスピン禁制遷移が起こる確率が高くなる。前ページで見たルビーの場合もCrという重原子を含んでおり、スピン軌道カップリングの影響が大きくなり、りん光が観測されやすい。りん光発光材料もスピン軌道カップリングなどで禁制遷移の起こりやすい分子が使われている。



ゆらめくオーロラと有機ELディスプレイ りん光発光材料を用いた量子効率100%の有機ELディスプレイ