この「ナノエレクトロニクス」のホームページは、現在、サイエンス・グラフィックス(株)が管理しています。すべてのお問合せはこちらにお願いします。また、このホームページは2003年までのもので、現在は内容的に古くなっている可能性がありますが、あらかじめご了承下さい。

ナノテクノロジーの入門サイト。CGを駆使して解説。書籍紹介、R&Dリンク集など。





ナノテクノロジーの最前線 アトムテクノロジーへの挑戦〈2〉電子スピンを見る操る
/日経BP


Semiconductor Spintronics and Quantum Computation
/Springer-Verlag




    最終更新日:2002/11/10
 

  
イントロダクション
スピンとは?
ハードディスクの成長を支えたGMR素子
メモリに必要な条件をすべて満たす MRAM
スピンFET 広がるスピントロニクス
リンク集

 
■スピントロニクス
 −スピンとは?

コマとスピン

 「
スピン」という言葉に対して抱くイメージは人によって少しずつ違うだろう。ただ、多くの人が「電子スピン」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、地球の自転のように高速回転する電子の姿ではないだろうか。このイメージは電子スピンを考えるのに便利ではあるが、スピンの本当の姿を捉えたものとはいえない。まずはコマの回転(自転)と電子などのスピンとの違いについて、結論だけを先に見ておこう。


図.コマとスピンの違い
 コマの場合、はじめの力の入れ具合でいろいろな速度で回転させることができる。つまり角運動量はどんな値でもとることが許されている。また、しだいに回転速度が遅くなるにつれてコマの配向(回転軸の向き)は変化していく。これは摩擦などの影響のせいだが、とにかく重要なのは、コマの角運動量の大きさや配向は自由にとることができるということだ。

 ところが、電子や原子核のスピンはコマの場合とはまったく違うのだ。先に結論を述べてしまうと、磁場のなかでは電子のスピン角運動量はある一定の値しかとることができない。また配向は磁場に対して平行か反平行のどちらかしかとることができない。

 これがどれだけ奇妙かを理解するには、コマに当てはめて考えてみればよい。例えば、いつも同じ速度で回転し、決して倒れることのないコマといったところだろう。

 なお、スピンによって電子自身にも磁場が伴うので、スピン配向が外部磁場の向きと平行か反平行かで、電子の持つエネルギーが異なってくるのも、スピンのもつ重要な性質である。


かくしてスピンは発見された

 しかし、スピンというこの奇妙な性質はいったいどうやって発見されるに至ったのだろうか?実はこのスピンというのは、そう簡単に出てきた概念ではない。回転運動に関する従来の知識だけでは説明できない現象にぶつかったときに、物理学者たちが試行錯誤を重ねた上にやっとたどり着いた概念だったのだ。

 量子力学が産声を上げてまだ日の浅かった1920年代ごろ、物理学者たちを悩ませていた問題があった。それはナトリウムD線(トンネルの照明などに使われているオレンジ色の光)のスペクトルについてである。図に示すようにナトリウムD線の原理は、エネルギーの高い軌道に励起された電子が再び下の軌道に落ち込むときに、失ったエネルギーを光として放出するというものである。そのため観測される光の波長は一つだけだと考えられていた。

図.ナトリウムD線の原理
 この図では、あたかも電子が特定の軌道を回っているかのように描くボーアモデルで説明している。今ではこのモデルは部分的にしか正しくないことが分かっているが、少なくとも当時はこれが主流だったし、また話を進めていく上で不都合が生じないため、しばらくこのモデルを使って説明する。

 ところが、実際ナトリウムのスペクトルをよく観察してみると、非常に狭い範囲で589.76nmと589.16nmという二つのスペクトルに分裂していることが分かったのだ。つまり、同じ軌道内に振る舞いの異なる二種類の電子が存在しているらしいのだ。

図.スピン軌道カップリングによる影響

 結局、多くの物理学者の試行錯誤のうえ、電子もコマのように自転していると考えた。そのように考えた根拠は次のようなものだった。(ボーアモデルによれば)電子は原子核のまわりを軌道回転しているが、これは循環電流にあたるので磁気モーメントを持つ。一方、電子はスピンによっても磁気モーメントを持つ。つまり、スピンの磁気モーメントと軌道回転の磁気モーメントが相互作用をする(
スピン-軌道カップリング)。したがって、仮にスピンが図で示すように上向きと下向きの二通りの配向を持てば、二つのエネルギー状態は異なるので、電子が高い軌道から低い軌道に移るときに、二つのスペクトルが観測されうるというわけだ。

 この説明はうまくいき、実験によってスピンの角運動量は+1/2(h/2π)と-1/2(h/2π)の二通りしかとらないことが分かった。そしてのちに若年の天才ディラックが、このことを特殊相対性理論を考慮した複雑な解析によって理論的に説明した。


固体の中のスピン

 では、実際の生活でスピンの存在を感じることはあるのだろうか?実はバルクな材料としてスピンの性質が現れることは決して多くない。確かに、固体の中には数えきれない原子が存在していて、それぞれ磁気モーメントをもっている。しかし、それぞれの磁気モーメントの向きはバラバラなのだ。先ほどスピンの配向は二つしかないといったが、あくまでそれは外部から磁場のかかっているときの話であるし、また熱の影響を無視していた。したがって通常の固体では、図aに示すようにスピンの向きはバラバラなのである。全体としての磁気モーメントも0となる。

図.常磁性と強磁性
矢印はスピンを表す。この図では結晶を一次元的に示してある。
 しかし鉄やニッケル、コバルトなどの一部の金属は、室温しかも外部から磁場を加えない状態で、図bのように一定の領域にわたってスピンの向きがそろっているものがある。個々のスピンの磁気モーメントは互いに強め合うから、全体としての磁気モーメントは非常に大きくなる。こういった性質を「強磁性(ferromagnetism)」と呼んでいる。強磁性体とはいわゆる永久磁石のことである。この強磁性体がスピントロニクスの主役となる。

 強磁性が室温で現れるのは、隣接する原子間でd、f軌道の不対電子を交換し合うためである。一般に半導体は室温では強磁性を示さないが、後で紹介するように、最近では半導体強磁性体の研究が盛んに行われている。




イントロダクション ハードディスクの成長を支えたGMR素子