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究極のシンメトリー フラーレン発見物語
/白揚社


炭素第三の同素体 フラーレンの化学/学会出版センター


      最終更新日2002/10/17
 

  
イントロダクション
発見に至るまでの物語
フラーレンの科学的性質
フラーレン化学: 金属内包/化学修飾/C60のポリマーの世界
応用例 抗エイズ剤 <<

 
■フラーレン

 フラーレンには様々な応用例が考えられるが、近いうちに実現しそうなものは限られている。おそらく最も実現の近いものは、フラーレンを使った医薬品や化粧品だと考えられている。ここでは抗エイズ薬と化粧品の例を見てみよう。どちらとも、フラーレンならではの応用例である。


フラーレンの抗エイズ薬利用

 フラーレンにはHIVの増殖を抑える働きがあり、抗エイズ薬としての利用が考えられている。まず、その働きを知る前にHIVの増殖サイクルを知っておく必要があるだろう。

 まずHIVの核は細胞のなかに進入すると、自分のRNAをDNAに複製して細胞のDNAに挿入する。そのあと、細胞の持っているDNAの複製能力を利用して、新しく仲間を増やすために必要な原料となるポリペプチドや酵素を合成する。


HIVプロテアーゼ。左中央部分の疎水ポケットにバッキーボールがすっぽりはまる。
 このときの酵素が「HIVプロテアーゼ(protease)」と呼ばれるタンパク質分解酵素で、このプロテアーゼが先ほどDNAの複製能力を借りて作ったポリペプチドを機能するタンパク質のかたちに切り取る。あとは細胞から出て、これらのタンパク質から新しいウィルスが増殖する。

 HIVの増殖をストップさせるには、この増殖サイクルのどこかをたち切ってやればよい。バッキーボールの抗エイズ薬としての仕事は、プロテアーゼの機能を抑えることで、ウィルスの一連のサイクルを途中で止めてしまうというものだ。このときに、バッキーボールの物理的・化学的な性質が活きてくる。

 酵素プロテアーゼも他のタンパク質と同様に、長い糸が絡まったような立体構造をしている。そして、このプロテアーゼの立体構造には、ちょうどバッキーボールが入り込めるぐらいの円筒形のスペースがある。都合のよいことに、このスペースは疎水性でバッキーボールも疎水性である。つまり、バッキーボールはこのスペースにすんなりと潜り込むことができる。

 酵素などのタンパク質は、一定の立体構造を保ってはじめて機能するので、内部にバッキーボールが入り込んでしまっては、機能できる立体構造を保つことができない。これこそがバッキーボールの任務というわけだ。

 またバッキーボールは比較的安定で、毒性はないと考えられているし、動物を対象にした実験ではよい結果が出ている。

 ただ、このようにプロテアーゼの機能を抑えるという発想は、なにもバッキーボールにはじまったものではない。これまでの抗エイズ薬もこの発想でつくられてきた。ところが、これまでの抗エイズ薬は、突然変異などによって耐性をもったHIVの登場で無力になりつつある。実際は、いくつかの薬と併用して、何とか効果の持続期間を延ばそうと試みているのが現状だ。そのため、バッキーボールも同じ道をたどるのではという不安もある。ただ、バッキーボールの球面上にはさまざまな分子をくっつけやすく(化学修飾)、形を変えることで、耐性HIVのつくる酵素を欺きながら、何とかやりあっていけると考える科学者もいる。確かにこれはバッキーボールの強みといえるだろう。

 現在は、このバッキーボールを使った薬を、カナダのトロントにオフィスがあるCシックスティ(C Sixty)社が近いうちに実用化するといわれている。

 このバッキーボール薬品がどのような結果になるかはわからないが、HIVウィルスの変異に対して人工的に化学修飾することで立ち向かうという重要な戦略を示してくれることになるだろう。



フラーレン化学