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   LastUpdate:2002/09/13





分子ナノテクノロジー 分子の能力をデバイス開発に活かす
/ 化学同人


ナノテクノロジーの最前線 アトムテクノロジーへの挑戦〈1〉ナノテクで原子分子を見る触る操る
/ 日経BP社

 



 

  
イントロダクション
HP社の分子コンピューティング
ロジックゲートのスイッチ分子、ロタキサン、カテナン
従来の半導体加工プロセスを省略した回路の作り方
小さな分子デバイスをどうやって「外の世界」につなぐか?
化学合成によって生じる欠損の耐性
分子コンピュータの現状
[最新事情の追跡 2002,2,13update]

リンク集

 
■HP社の示した分子コンピュータへのロードマップ
 - 従来の半導体加工プロセスを省略した回路の作り方
 - 小さな分子デバイスをどうやって「外の世界」につなぐか?
 - 化学合成によって生じる欠損の耐性
 - 分子コンピュータの現状



従来の半導体加工プロセスを省略した回路の作り方

 現時点の標準的な加工寸法は90nm程度だが、単に小さいものを加工するだけならば走査プローブ顕微鏡(SPM)などを使って、原子一つ一つを動かすことも可能だ(詳しくは「走査プローブ顕微鏡」を参照)。しかしこんな方法で、トランジスタが何万と詰め込まれている集積回路をつくっていたのではラチがあかない。

 とにかく半導体加工プロセスの中で最も厄介な技術であるリソグラフィーの過程を省きたいというのが、技術者科学者共通に期待することである。従来の方法では、シリコン基板の上に一様に絶縁層を成長させて、化学処理をしたあとにリソグラフィーで回路を書きこむというものだった。(詳しくは「ICチップができるまで」を参照)

 シリコン基板の上に一様に絶縁層ができるためには、シリコンの結晶格子の間隔(格子定数)とマッチした結晶格子をもつものでなければいけない。というのも、サイズの違う卵ケースを二つ重ねると、どこかで谷と山の部分が完全にかみ合わない部分が生じてしまうように、格子定数の異なる層どうしをくっつけると必ずひずみが生じてしまう。電気伝導性などが下がり、半導体デバイスとしては使い物にならなくなってしまう。

 そのため、シリコン基板上に成長させる絶縁層は格子定数の似ているSiO2というのが常識だった。ところが、わざと格子定数のあわないような層を成長させてひずみの力を利用してやり、希土類元素(Er,Dyなど、元素の周期表の下の方を探してみよう)が、平均して幅2nm(原子6個分)、距離9nmの平行なワイヤ状に成長することに成功したのだ。

 結晶格子のずれによるひずみの力を利用したときの結晶成長の様子
  http://www.hpl.hp.com/research/qsr/gallery/gallery.html

 つまり絶縁層を成長させたあとに厄介なリソグラフィー加工してやる必要がなく、加工プロセスを非常に簡略することができる。そのため、製造のための設備投資を大幅にカットできる。最近はチップ製造のための設備投資が急激に増加しており、ムーアの法則は採算の面など経済的な問題を抱えていた。しかも幅2nmというのは現時点の技術よりはるかに優れている。

 この平行線状に成長したワイヤ2つを垂直に重ねて、その間に分子スイッチをつけてやれば、現在のメモリに使われているようなクロスバーの構造ができあがるというわけだ。HP社の研究者たちはこの技術が将来のコンピュータメモリの基礎になると考えている。




小さな分子デバイスをどうやって「外の世界」につなぐか?

 さて、現時点では上の方法で実用的なメモリができあがっているわけではないのだが、十歩、いや百歩譲ってそのメモリができあがったとしよう。そのメモリはナノスケールで、従来の半導体加工プロセスでつくったバルクスケールのワイヤ(100nm程度、後の文中では「バルクワイヤ」と呼ぶことにする)に接続することは非常に難しい。しかし、この分子メモリを「外の世界」につないで制御できなければ、単に学術的に興味深いデバイスに終わってしまう。

 どうすれば幅2nmのナノワイヤからなるメモリユニットを、バルクワイヤにつなぐことができるだろう?先ほども述べたように、走査プローブ顕微鏡を使って原子を一つ一つ動かすというのでは問題にならない。HP社の研究員たちが考えた方法は実に奇想天外な化学的処理だったのだ。それは、金(Au)の微粒子をランダムに振りまいてナノワイヤとバルクワイヤを「糊づけ」するというものだった。この方法は2001年に報告されて大きな反響をよんだ。主な内容は次のような感じだ。


HP社の提案したメモリユニットを「外の世界」とつなぐ方法


 まずは図のように、ナノワイヤ(細い黒線)からなるメモリユニットとバルクワイヤ(黄、緑の線)を配置する。そして金の微粒子(赤点)を、ナノワイヤとバルクワイヤの接する部分にランダムに散らす。金の微粒子がナノワイヤとバルクワイヤの両方にくっつけば電気を通すことになり、「糊付け」されたことになる。もちろん、まったくのランダムなため、どのナノワイヤとバルクワイヤがくっつくかは運次第だ。

 例えば、図のように金の微粒子を散らしたとして、特定のナノワイヤを接合する分子スイッチを選んでみることにしよう。この分子スイッチに接しているナノワイヤは二つあわせて、1,2,4,7,9のバルクワイヤに接合していて、3,5,6,8,10のバルクワイヤには接合していない。そこでバルクワイヤに接合した状態を1,接合していない状態を0とすると、この分子スイッチのバイナリナンバーは1101001010ということになる。分子スイッチをアドレス化する方法になるわけだ。

 ということは、10本のバルクワイヤがあれば、最大で1000本近く(2^10=1024)のナノワイヤをアドレス化できることになる。もっともランダムに金の微粒子を散らしているため、実際はその数よりずっと少なくなるだろう。ただし、これだけ単純な化学的処理だけでメモリユニットの基礎ができるのは、将来的にも非常に期待できる。HPの研究員たちは、2001年からの4年間で16Kbitの分子メモリをつくることを計画している。



化学合成によって生じる欠損の耐性

 さて、これまでの文章で、分子コンピュータの魅力の一つに、リソグラフィーなどを省略した簡素で安価な加工プロセスを何度も繰り返してきた。分子スイッチの合成、ナノワイヤの形成、ナノワイヤとバルクワイヤの接合、どれも簡単な化学的処理だ。これは実に魅力的だ。

 ところが忘れてはならないのは、化学合成に副生成物、つまりエラーはつきものということだ。基本的に化学合成によってできる生成物は100パーセントではなく、この場合は多くても95パーセントと見積もられている。一方でリソグラフィーなどでつくった場合のトランジスタの成功率は99.9999パーセントなのだ。今のまま、95パーセント程度の成功率しかない化学的処理では、まともに機能するメモリユニットなどできるとは到底思えない。

 つまり、化学的処理を中心に分子コンピュータをつくるには、欠陥耐性をもったコンピュータアーキテクチャが不可欠のように思われる。これはソフトウェア、ハードウェアの両面でも必要だが、HP社はこの面でも、"Teramac"というスーパーコンピュータの概念を利用して解決しようと研究を続けている。

 これは、今後の分子コンピュータの将来を握る重要な鍵になると思われるので、様々な方面で研究が進むことを期待する。


分子コンピュータの現状

 このように、様々な方面からいくつものブレイクスルーを成し遂げているHP社の研究チームだが、あくまでこの方法が唯一のアプローチではないということは忘れてはならない。例えば、IBMの研究チームや蘭デルフト工科大学チームはカーボンナノチューブの電気伝導性を利用してトランジスタや論理ゲートを実証している。ノートルダム大の研究チームは量子ドットを使い、配線の必要ないトランジスタの構築を考えている。他にも、HP社と異なった分子スイッチを使っているベンチャー企業も誕生している。

 いずれにせよ、分子コンピュータはまだ駆け出しの分野であり、そうすぐにPentiumに取って代わるわけではない。ただし、このような非常に魅力的な研究が、世界中のあちこちの研究所で、その熱を増しながら行われているのは見逃しがたい事実だ。



ロジックゲートのスイッチ分子、ロタキサン、カテナン [最新事情の追跡 2002,2,13update]