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クローン、遺伝子組み換えベビー等の失敗の共通点は?



---クローンに遺伝子組換えベビー、そして同性間での出産など、最近話題になっているこれらの問題すべてに共通しているのは、生殖は必ずしも1カップルの男女が必要とは限らないということです。核移植をする技術さえあれば、性やパートナー数にあまり意味はないかのようです。これらを個々の問題としてとらえ、どこまで安全でどこまで許せるかといった議論になることも少なくはありませんが、すべて遺伝子学上で、ある共通した問題を抱えていることも注目するべきでしょう。それは「刷り込み遺伝子」と呼ばれる特有な遺伝子の存在です。改めて、生殖医療技術を考え直す必要がでてきました。---



この記事では
  「ウマ・ロバのなぞなぞ」が今私たちに示す事実とは・・
  刷り込み遺伝子が見つかるところには一騒ぎ
  クローンがうまくいかない理由
  今日のお好みのDNAカクテルは?
  補足
(実際にこの分野の研究をしている読者の方から、メールで詳しい内容を紹介していただきました。)
     という内容で構成しています。
 



「ウマ・ロバのなぞなぞ」が今私たちに示す事実とは・・

 オスのロバとメスのウマを、異種交配すると、ウマよりも丈夫でロバよりも力のあるラバ(mule)が生まれます。では、オスのウマとメスのロバを掛け合わせるといったい何が生まれてくるでしょうか?

 実はこの話、アジアの高山に住む人たちにとっては簡単な問題なのですが、ロバとラバの区別もつかないような私たちにとっては難しい問題です。やはり答えは、ラバでしょうか?

 ところが残念、答えはケッティ(hinny)というラバとはずいぶん違った動物が生まれてくるのです。このケッティ、ラバと比べて、大食らいで役に立たず、あまり交配されてこなかったくらいです。

 しかしどう考えても、これはメンデル的な考え方では説明できません。両親の遺伝子が発現するかどうかが優性劣性によってそ決まるといった説明では、何も見えてきません。おそらく多くのブリーダーも、長いあいだ、この謎に頭をかしげていたことでしょう。


 このように遺伝子の発現が、両親の性別によってかわってくるのは、いったいどういうことでしょうか?実はこの原因にあるかわった遺伝子がかかわっているということが、ここ十数年でだんだん明らかになってきました。それは「刷り込み遺伝子(インプリンティング遺伝子、imprinted gene)」というものです。

 この刷り込み遺伝子は、遺伝子の提供者である両親の性別によってのみ発現するかどうかが関わっているというものなのです。哺乳類に特有のものとして考えられています。例えば、ある刷り込み遺伝子は、提供者、つまり親がオスなら必ず表現しますが、逆に親がメスならその遺伝子はまったく働かないと言った具合です。このそれまでの概念にない遺伝子の存在がわかった当時は、非常に大きな衝撃となりました。




 さて、急に内容が変わって、ごく最近の話になります。最近では、生殖医療において、クローンや遺伝子組換えベビーの誕生、それに同性間どうしで子供を持つことを可能にする技術などといったことが大いに騒がれています。私たちは、これらの問題を、別々のものとして区別しますが、この問題はすべて、「必ずしも1カップルの男女を必要としない」という点で共通しています。

 例えば、クローンなら、無核の卵細胞さえあれば、一人で子供を産むことができますし、遺伝子組換えベビーには2人の両親の他に第三者のDNAが含まれています。また同性間どうしでの生殖なら男女という概念は必要ありません。

 このように、最近の生殖医療技術の進歩で、なにやら子供を産むのには、性別やパートナー数といったものはあまり意味を持たないかのようにすら思えます。そのうち、若い夫婦が生まれたばかりの子供を前にして、「目が君に似ている」、「耳があなたに似ている」といったような、お互いに二人の似ているところを探しあう微笑ましい光景は、当たり前ではなくなるのでしょうか?

 しかし、その一方で、クローンは原因不明の失敗が連続し、遺伝子組換えベビーも当初は全員健康と発表されながら、実は障害を持った赤ん坊が生まれていることがあとあと発覚しました。そして、今実験段階中の、同性間での生殖も、実現は不可能だろうと多くの学者が言っています。

 クローンにしても、遺伝子組換えベビーにしても、今のところ失敗の理由はハッキリしていない、なにやら不気味な状況です。いったいこの失敗の裏には何があるのでしょう?


 実は、性別やパートナー数は2人という大原則を無視した、こういった生殖医療の失敗の裏には、先ほどの「ウマ・ロバのなぞなぞ」に登場してきた刷り込み遺伝子が共通して関わっているということが分かってきたのです。

 もちろん、この刷り込み遺伝子の存在が、失敗の原因のすべてではないでしょうが、これに注目すると、なぜクローンや遺伝子組換えベビーがうまくいかないかということが、見えやすくなってきます。

 そこで今回は、この「刷り込み遺伝子」の視点から、いくつか具体例をハシゴすることで、最近の新しい生殖医療技術の問題点を探ってみることにしましょう。




り込み遺伝子が見つかるところには一騒ぎ

 メンデルが遺伝子というものを言い出して以来、ずっと男女の遺伝子というものは、発現の頻度に関して同じようにはたらくと考えられていました。つまり、「ウマ・ロバのなぞなぞ」のようなことはありえないと考えられていました。

 ところが1980年代の中ごろから、性別によって発現するかしないかが大きく依存する刷り込み遺伝子の存在が明らかになってきました。これについての研究は、ガンやその他の疾患に関係しているだろうと考えられ、研究が続けられてきましたが、特に最近になって、それに関する発見が次々と大きな波紋を呼んでいます。

 例えば最近のものでいえば、今年の一月に、自閉症に関する刷り込み遺伝子の場所が見つかったということが、アメリカのドューク大学の研究チームによって報告され、非常に大きな波紋を呼びました。

 これがなぜ大騒ぎになったかというと、自閉症という人の高度で複雑な行動パターンをめぐって、例の「環境か、遺伝か」という議論が再燃したからです。この議論というのは、結論を急ぐあまり、間違った方向へ向かってしまうことが多いので、今回はこのことについては触れません。

 ただ、遺伝の方についての研究は、この刷り込み遺伝子を理解する上では、重要なものでした。

 自閉症の原因となったのは、PEG3(単にpaternaly expressed gene 3,父方の表現遺伝子という意味)と呼ばれる、父方の刷り込み遺伝子に異常があったからだということが分かりました。母方に同じ遺伝子があっても、父方の方だけしか発現しないので、このような症状があらわれてしまったのです。逆に、もし母方の同じ遺伝子が異常で、父方の方は正常だったら、このような症状はあらわれなかったと考えられます。

 ちょうどスイッチのオンオフのようなもので、この場合は父方の遺伝子がスイッチオンしないと、子供に異常が発生してしまうとうわけです。

 また、このオンオフに関わる要因のひとつに、メチル基の転化が関わっていることが分かってきました。塩基配列に、このメチル基がくっついて、その遺伝子の発現を妨げてしまうのだろうと考えられています。

 つまり、単純に塩基の配列、つまり遺伝子だけではどんな子供が生まれてくるかということはわからず、後生的(epigenetic)に、メチル基のマスクなどの存在が大きく関わってくるわけです。このことは、先ほどの「環境か、遺伝か」の議論に多少の変化をもたらすかもしれません。

 いずれにせよ、このことで、最近の遺伝子、ゲノムといった一般の人の関心の高まりとあわせて、刷り込み遺伝子というものが大きく注目される発見となりました。




クローンがうまくいかない理由

 さて、ちょうどこの「環境か、遺伝か」の議論が高まっているのとほぼ同じくして、ヒトクローンの世界でも大きな衝撃が走りました。それは、アメリカとイタリアの医師や科学者たちが、1,2年以内にヒトクローンを必ずつくると公言したからです。それまでにも、宗教団体や一部の集団が、ヒトクローンをつくることを公言していたことはありましたが、そのときのような大規模な科学者組織が、ヒトクローンをつくることを公言したのははじめてだったからです。

 ただ、そのときも今もそうですが、ヒトに限らず、クローンというものが成功率が非常に低いと言わざるを得ません。つい最近、ドーリーは5歳の誕生日を迎えたのですが、ドーリーのように長生きをするクローンは非常に希なのです。まず出産する前に胎児のまま死んでしまったり、仮に正常に生まれたとしても、一年ほどたって異常に太って死んでいくマウスや老化の早い牛などのクローンなどが多く報告されています。

 そもそも、クローン技術といえば、卵細胞から細胞核を取り出し、別の大人の細胞核をその中に挿入し、電気などのちょっとした化学的な処理をして、受精したのと同じ状況にするだけなのです。後は胚幹細胞が分裂するのを待つだけといったように、原理自体は非常に単純なものです。むしろ、この過程のどこに、うまくいかない原因があるのだろうかと、多くの科学者の思っていたことでしょう。

 しかし、その失敗が連続する理由も、少しずつ明らかになってきました。ここでも、先ほどの「刷り込み遺伝子」が関係してくるのです。

 この報告をした、ホワイトヘッド研究所のチームは、はじめからこの刷り込み遺伝子が、どのようにしてスイッチのオン・オフが起こるかを調べようとしていました。その結果わかったことは、この刷り込み遺伝子の発現のスイッチのオンオフがうまくいかない理由は、細胞核が移植されたあとで胚幹細胞が分裂していく過程にあることが分かりました。本来は刷り込み遺伝子のスイッチをオンオフを指示するタグの役割をするものがあるはずなのですが、別の大人の核移植をした胚幹細胞は、分裂の過程でこのタグを失ってしまうのだろうと考えられています。

 やはり、刷り込み遺伝子は、単純にDNAの配列によって発現するかどうかが決まるのではなく、このような後生的な要素が関わってくるのです。

 こうなると、ヒトクローンをつくるのは、今まで考えられてきたほど単純なことではないことが分かってきます。




今日のお好みのDNAカクテルは?

 クローンの他にも、最近大きく騒がれたものには、「遺伝子組み換え」ベビーがあります。もっとも、この「組み換え」という表現は、いわゆる遺伝子組み換え作物のように、遺伝子の切り貼りが行われたような誤解をしやすいので、あまりよい表現とはいえないように思えます。ただ、一般的にはこれで通っているようです。

 さて、この遺伝子組み換えベビーは、どういう流れで3人の遺伝子を持つことになったか説明しておきましょう。これは卵細胞の細胞質に異常があるために、不妊に悩む夫婦を対象にして行われました。ドナーの卵細胞から健康な細胞質を取り出し、それを不妊に悩む女性の卵細胞に移すのです。細胞質にはミトコンドリアが含まれ、そこにも独自のDNAが含まれているため、生まれてくる子供には、ドナーのDNAの一部が含まれているというわけです。

 はじめ、この臨床実験に関わったアメリカのセント・バーナバス医療センターの関係者は、すべての赤ん坊は健康に育っていると報告しました。しかしあとになって、17人のうち2人がターナー症候群という染色体異常の病気が発症し人工中絶と流産をしていたという事実が隠蔽されていたことが明らかになりました。当然このことについては、倫理的な面から激しく批難されました。しかし技術的な視点からも、この割合の異常な高さは注目すべきものといえます。

 関係者は、単に技術的に未熟な点があっただけで、これが遺伝子組み換えベビー技術そのものの可能性を否定するものではないと発表しています。しかし、実際のところは原因がハッキリしていません。

 ただ、第三者のDNAが含まれたことで、胚が細胞分裂をしていく際に、このDNAから何らかの影響を受け、遺伝子の発現に異常を生じたと多くの科学者が考えています。やはりここで、刷り込み遺伝子の関係を思いつくのは、そう難しいことではないでしょう。もっとも、刷り込み遺伝子がこの失敗にかかわっているという報告はありません。今後の報告が待たれます。



 また、オーストラリアのモナシュ再生発育研究所では、同性愛の女性どうしで子供がもてるような技術を開発しています。理論の上では、一方の皮膚からDNAを取り出し、それを人工的に精子の役割をさせパートナーの卵細胞に受精させるという仕組みです。ただし、これについても、性別に大きく依存する刷り込み遺伝子が胚の細胞分裂において大きな役割を持っている限りは、成功する可能性は極めて少ないといわざるを得ません。


 このように、これら多用な生殖医療技術は、それぞれが非常に似ていて混乱しやすいのですが、技術的には少しづつ異なった方法をとっていることが分かります。ただし、どの技術も1カップルの男女という従来の生殖とは異なった方法をとっており、やはり刷り込み遺伝子の発現の異常が大きな影響をもたらしていると考えられます。

 また、今では法的にも認められた体外受精も普通の生殖より成功率が低く、しかも理由がはっきりしないということもあります。

 この他にも大きな問題があります。今後、さらに多用な技術が生まれてくると、白の体外受精と黒のクローンなどとのあいだに、限りなくグレーな技術が登場してきます。お好みにあわせて適度に混ぜ合わせるDNAカクテルと言わんばかりです。こうなると、倫理的に体外受精は許せるがクローンはだめといった実態を伴わない感覚では、ついていくことができなくなります。法的な規制も、もう少し具体的な内容を盛り込む必要があります。その際に、この刷り込み遺伝子の問題の共通性が、指標として何らかのかたちで役立つかもしれません。


 実際のところ、この遺伝子刷り込みがいつ起こるのか、何がスイッチになっているのかということは、今でもハッキリしていません。しかし少なくとも、この遺伝し刷り込みの問題を技術的にクリアできないことには、クローンから遺伝子組み換えベビー、果ては同性間での生殖技術などが安全だとは言えません。それどころか、今はまだこの刷り込み遺伝子についてはほとんどブラックボックス状態で、ほとんど何も分からないような状況です。

 それを考えれば、いかにこれらの生殖医療技術が難しい問題を含んでいるかということがハッキリします。当分のあいだは、動物などの実験を十分にせずにヒトに応用するようなことはできないはずです。いずれにせよ、今後とも慎重な態度が必要になるはずです。


※本文で書けなかったことを、誤解を防ぐために、ここで補足しておきます。クローンのところで胚幹細胞(embryonic stem cell,ES細胞)がでてきましたが、最近テレビでES細胞といっているのは、クローンのようにまったく新しい個体を作り出す技術の方ではなくて、臓器などをつくる細胞移植的な利用法の場合が多いです。で、こちらの利用法は、クローンのように刷り込み遺伝子が障害になることはないと分かっているので、ES細胞のセル・セラピー的な利用方法は十分可能性があります。こちらについては、また別の機会に取り上げます。


           

■関連サイト
今回の関連サイトの多さといったら・・・。でも、本文で気になったところくらいは目を通しておくとよいかもしれませんね。

刷り込み遺伝子とメチル化の研究を実際に行っている読者の方から、メールでその内容を詳しく教えていただきました。こちらのページもぜひご覧ください。


●刷り込み遺伝子について

遺伝子学電子博物館 - 国立遺伝子学研究所
 ・ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)とは?

She's got her father's ears - nature science update(英語)
 そもそもなぜゲノム刷り込みのような危なっかしいものが哺乳類にだけ見られるのでしょうか?そのことについて。これはそのうちに取り上げたい内容。


●自閉症に関するすりこみ遺伝子の報道

IMPRINTED GENE FOUND ON HUMAN CHROMOSOME 19 - Duke U(英語)

Genetics Hits the Headlines Again - about.com(英語)

●刷り込み遺伝子とクローン技術

New study shows normal-looking clones may be abnormal - EurekAlert!(英語)

Science researchers report 'extremely unstable' gene expression in cloned mice - EurekAlert!(英語)

Imprinting marks clones for death - nature science update(英語)

●刷り込み遺伝子と「遺伝子組み換え」ベビー

「3人の遺伝子を持つ」遺伝子改変ベビーの衝撃 - Webノンフィクション人体改造の世紀
 講談社ブルーバックスのページから。

World's first genetically altered babies born - CNN(英語)

Technique for "genetically modified" babies produces fetuses with a serious genetic disorder - why? - NewScientist(英語)

●同性間の生殖医療
モナシュ再生発育研究所(英語)

Babies for gay couples remain science fiction - NewScientist(英語)

Idea that two men could conceive a child is "utterly untenable" - NewScientist(英語)
 最近、このニューサイエンティストは、生殖医療技術の問題を精力的に取り上げています。興味のある方は本誌をどうぞ。

■関連コラム
「ヒトクローンに立ち込める暗雲」
今年の一月にあの2人の科学者が、ヒトクローンをつくると公言したときの騒ぎを扱ったコラム。

       

もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
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