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ポストゲノムの新しい方向性 システムバイオロジー


--現在、ポストゲノムなどと騒がれ、さまざまな遺伝子やタンパク質の構造のデータベースが氾濫しています。ただし、このデータを創薬や医療などに利用するには、いくつものタンパク質の関わるシステム全体としての理解が欠かせないと言われています。しかしその具体的な方向性はあまり示されていません。そこで期待されているのがシステムバイオロジーなのです。--


この記事では
 
 積み上げられたデータベースの山とその具体的な使い方
 不評判だったヒトゲノム計画の予想以上の大きな貢献
 ポストゲノムの大きな課題
 システムバイオロジーのもたらす2つのインパクト

     という内容で構成しています。
 

積み上げられたデータベースの山とその具体的な使い方

 ヒトゲノム計画は、それまでの生物学の雰囲気をずいぶんと変えるものとなりました。30年前までの生物学は、仮説を原動力として証明と反証の試行錯誤を繰り返すということが中心でした。しかし今では生命現象を情報としてとらえるバイオインフォマティクスという、生物学の新しい発想が生まれてきました。

 さらに、生物学はこれまでにないほどビッグサイエンス、ビッグビジネスとみなされるようになり、大量の資金やコンピュータなどが投入されています。おかげでさまざまな研究機関や大学が、さまざまな遺伝子やタンパク質などの分子の構造に注目して研究し、その成果は膨大なデータベースとなっています。

 こういった背景には、将来的にこの研究のおかげで、再生医療や創薬といった実用性の高い分野に応用できるという期待が当然存在しています。しかし、冷静になって一歩下がって現状を眺めてみると、本当にこれだけのアプローチでよいのかという疑問が湧いてきます。

 病気に関係のある遺伝子やタンパク質などの分子の構造を一つ一つ特定していくだけでは、その人が病気になりやすい傾向があることを診断できるだけで、生活習慣のアドバイスくらい以外には、何の治療法も提示することができません。よく言われるように、ゲノム解読が進んだだけでは遺伝病は克服できないというわけです。

 そこで、個々のタンパク質の構造などの分子的なことがわかったあとには、それがどのように組み合わさって複雑、大規模な生命現象を実現しているのかという、システムとしての生命への関心がうつっていきます。結局のところ、システム全体の仕組みが分かり、病気がどのようなプロセスで生じるかということが分かるようになってはじめて、どう制御するかという医療や創薬などの実用的な分野に結びつくといえます。

 もっとも、この発想としてはそれほど新しいものでもなく、ずっと以前から言われていたことです。しかし、個々のタンパク質などのバラバラのデータベースから、システム全体の研究へうつるには、言葉にできないほどの隔たりがあるのです。高速のネットワーク、高速・大規模コンピュータ、大容量DISKなどの装置による解析が必要になると言われていますが、闇雲に機材をそろえてシミュレーションを行っても成功するものではありません。何かはっきりとした方向性が必要でしょう。しかし、あまり具体的な方向性を示すことができないのが現状です。

 そこで、具体的に方向性を示してくれるものとして期待されているのがシステムバイオロジーです。



不評判だったヒトゲノム計画の予想以上の大きな貢献

 システムバイオロジーというものを考える前に、今では大きな成果だと称えられているヒトゲノム計画が、20年前はどう見られていたか考えてみると面白いことが分かります。計画案が持ち上がったばかりの80年代前半、このヒトゲノム計画というのは、生物学者のあいだであまり受け入れられた存在ではなかったのです。

 当初、生物学がビッグサイエンス、ビッグビジネスだという認識があまりなかったため、ヒトゲノム計画にかかる予算は膨大なのに、それだけの資金が集まってくるはずがないと考えられていたからです。

 しかし何よりも反発された理由は、仮説を原動力として試行錯誤を繰り返えす手法をとっていた当時の生物学にとって、コンピュータを使ってただDNA配列を読むだけのことが、生物学にとって重要だと見なされていなかったということです。もちろん当時の生物学者もコンピュータを使っていましたが、便利な道具程度に考えていて、生物学の本質的な部分だとは考えていなかったのです。

 しかし、ゲノムマップが出来上がっていくにつれ、その地図の意味付けをするのにやはり「生物学」が必要だとわかり、少しずつ受け入れられていきました。それに、特定の遺伝子を絞り込むのに、ノックアウトや組み換えDNAといった従来の手段以外にも、このデータベースを利用して遺伝子の違う部分を見つるといった方法も有効だということが分かってきました。こうして、徐々にヒトゲノム計画の生物学にもたらす貢献が認められていったのです。

 しかし、そこで先ほど述べた大きな課題が登場してくるのです。



ポストゲノムの大きな課題

 生命現象を情報ととらえるバイオインフォマティクスには、さまざなタイプの情報があります。例えばDNAには長いデジタル情報が秘められていますし、タンパク質はそれだけではなく立体構造という三次元情報で存在しています。それに、このタンパク質などの分子が時間や温度などの軸にとってどう構造を変えていくのかといった四次元の情報というものもあります。さらには、複数のタンパク質がどう相互作用していくのかというもっと高次元な情報にも発展していきます。

 実にさまざまなタイプの情報がありますが、ある視点から大きく二つに分けることができます。例えば、こういった例で考えてみましょう。

 8年ほど前に、持っていると乳がんになりやすい傾向のある遺伝子が発見されました。この遺伝子を持っていると、60歳を超えた時点で70%の確率でガンになるというのです。まずこれが遺伝子そのものがもつ一段階目の情報です。

 ところが、これが分かると次に、なぜ70%の確率でガンになるのかという、もっと興味深い疑問が湧いてきます。これが生命現象の制御に関わる二段階目の情報です。この疑問に対しては、こんな答えが考えられます。

 この乳がんになる原因が、1つの遺伝子によるものではなくて複数の遺伝子によるもので、それぞれの作り出したタンパク質が互いに制御されているのためであるというものです。

 確かに、生活習慣という環境の要素が関わってくるからだという答えを出せないこともないのですが、その答えからは生活スタイルのアドバイスくらいを導くだけで、実質何もできません。

 やはり今後重要視されてくるのは、先にあげた答えのほうでしょう。その制御のメカニズムを探ることで、遺伝子がはたらきを自分たちがコントロールする医療などに応用できるからです。

 現時点では、個々のタンパク質や遺伝子に注目しているという一段階目の情報が中心なのです。しかし、ここから二段階目に進むとなると、なかなか具体的な方向性を示すことができないのが現状です。この2つ段階の間の隔たりは、言葉にできないほどのものなのです。

 そこで登場するのがシステムバイオロジーなのです。いよいよシステムバイオロジーを見ていきましょう。




システムバイオロジーのもたらす2つのインパクト

 よくシステムバイオロジーのデザイン方法は、自動車の開発などの今までの工業デザインと比較されながら語られることがあります。

 自動車を製造する場合、具体的にどんなものをつくるかをはじめにデザインして、あとはタイヤ、エンジン、ブレーキといった個々のパーツに別れて、それぞれの専門家が開発します。その際に、別のパーツ開発の専門家がお互いに意見や情報を交換したりすることはほとんどありません。そのため、専門家の一人一人は、これから出来上がる自動車が、全体としてどんなものになるかをあまり把握していません。これは、現時点でのバイオインフォマティクスと似ているところがあります。

 しかし、システムバイオロジーのアプローチでは、はじめにどんな形状の自動車をつくるかということを決めていないのです。そうではなくて、発生する過程、つまり自動車がつくるプロセスをデザインするのです。

 これを生物学の例に当てはめると、例えば、先ほどの確率70%のガン遺伝子に関するシミュレーションの話になります。数千規模の遺伝子やタンパク質で、分化・発生のシミュレーションモデルを作り、どのような遺伝子・代謝回路を形成して、相互に影響しあっているかということを自動的に推定するシステム全体をつくるのです。こういうプロセスをたどることで、「・・・・という理由で発現率が70%だ」ということが具体的に示せるのです。

 一度このプロセスがデザインされたら、あとはさまざまな環境の条件を与えてそのプログラムを実行し、実際の実験結果と異なっていれば再度プログラムを修正してプログラム結果がどう変化するかということを確かめるといったフィードバックを繰り返すことができます。

 もちろんこのときに、今まで蓄積されてきた個々の遺伝子やタンパク質のデータベースが必要になることは言うまでもなく、そういった情報をどんどんとプログラムの中に取り入れていくのです。つまり、生物をつくるプロセスを「育て」ていくといった感じです。

 こういったデザインの「パラダイム変化」がシステムバイオロジーのもたらすインパクトの1つです。

 こうなると、明らかにヒトゲノム解析のころよりも、コンピュータに依存する割合が大きくなります。もはやコンピュータは道具というレベルではなくて、生物学の本質の部分を形成していきます。


 また、仮にもそのプロセスのデザインが完成されると、それを新薬開発や再生医療といった生産性の高い分野に直接利用していくことができます。しかも、そういった分野ともフィードバックを繰り返し、より密接に連帯していくでしょう。これが二つ目のインパクトといえます。

 何より、20年前ヒトゲノム計画のもたらす影響を予測できなかったように、現時点ではこのシステムバイオロジーがどれほどのインパクトを持っているのかというのは、そう簡単には予測できるものではありません。もしかすると、自動車開発など従来の工業デザインにも、システムバイオロジーのデザイン方法が適用されるというような、現時点では思いつきにくいインパクトもあるかもしれません。

 かつてヒトゲノム計画が生物学に新しい方向性をもたらしたように、このシステムバイオロジーも新しい方向性をもたらすのでしょう。


               
関連サイト
今回の関連サイトは、いつもにも増して良質の文献がそろっています。記事本文で少しでも興味が湧いた人には、おそらく宝の山になるんじゃないでしょうか。


"Deciphering Life and its Implications for Society"(英語)
 分子生物学の世界ではよく知られたレオリーフッドのスピーチ。今回の内容が詳しく判りやすく語られています。ちなみに、この人は、まだヒトゲノム計画があまり重要視されていない時期にDNAシークエンサー(解析機)を改良して、ヒトゲノム計画をブーストアップしたキーパーソン。しかも、話もうまく本もたくさん出版して、一般への教育にも大きく貢献したスーパースター。


Under Biology's Hood - Technology Review(英語)
 同じくレオリーフッドのインタビュー。


人工知能、人工生命が医学・医療に与えるインパクト - novaArtis
 そしてなんと言っても国内で(世界的にも)システムバイオロジーといったら忘れてはいけないのがこの北野宏明氏。世界初の「音声自動翻訳システム」を作り出した人です。

 ちなみにこのページはノバルティス ファーマという会社のウェブマガジンなのですが、99年で休刊になっています。残念。それと国内には、企業発のウェブマガジンがどれだけひっそりと埋もれていることか・・・・。誰かこういった企業発のウェブマガジンのリンク集を知っている人があったら教えてください。


Systems Biology: Toward System-level Understanding of Biological Systems
 北野氏が書いたシステムバイオロジーの概念を説いたもの。pdfで36枚と、本当に興味のある方はぜひどうぞ。


Institute for Systems Biology(英語)
 レオリーフッドの所属している研究機関。


北野共生システムプロジェクト - 科学技術振興事業団
 北野氏が所属している研究機関


□■関連書籍紹介■□
今回の内容をもっと詳しく知りたい方に関連書籍を紹介しておきます。
『システムバイオロジーの展開 生物学の新しいアプローチ』
著者:北野 宏明編/出版:シュプリンガー・フェアラーク東京

複雑な生命現象をより、定量的かつ精密に理解するためには、生物をシステムとして捉え、その挙動や制御を解析する必要がある。網羅的データ収集、コンピュータシミュレーション、大規模解析などをまとめる。 (内容説明から)


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