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プリオン病:死の病原体の足取りを追え


---狂牛病やヤコブ病の病原体とされる変異プリオンは、ウィルスや細菌など従来の病原体とはずいぶん違った性質をもっています。なぜ遺伝物質を持たないタンパク質が伝染するのか、ましてや種の壁をこえて伝染するのかといったことに関しては、まだはっきりしないことが多いといえます。そういった状況で、どういった目的でどういった研究が行われているのでしょうか?--


この記事では
 「異端」病原体プリオン
 善悪2つの顔を持つタンパク質
 ならず者プリオンの辞書に「種の壁」という文字は存在しないのか?
 「死んでからしか判断できない/死ぬ前に判断できる」の違い
     という内容で構成しています。
 
「異端」病原体プリオン

 近ごろ国内では、狂牛病やクロイツフェルトヤコブ病といったニュースがハデに報道されています。にもかかわらず、それらの病気に対して、漠然としたものしか感じることが出来ないという方も少なくないかもしれません。そう感じる理由の1つには、狂牛病やヤコブ病の病原体がウィルスや細菌でなくタンパク質そのものだということに、いまいち実感がわかないからだということがあるのかもしれません。

 生物学の世界でも20年ほど前まで、タンパク質そのものが病原体になりうるなどということは、ほとんど考えられないことでした。それまで病原体といえば、ウィルスや細菌などの自分でDNAやRNAといった遺伝物質をもつもので、それが動物に寄生して増殖し、そして発病に至るのだと考えられていたからです。

 遺伝物質も持っていないようなタンパク質が、他の動物の体内という新しい環境で、増殖したり他のタンパク質に悪い影響を与えたりできる能力があるはずがないと考えられていたのです。

 今でこそ、狂牛病やヤコブ病の病原体は、異常なプリオンタンパク質だということを、多くの科学者が受け入れるようになりました。しかし少なくとも20年ほど前までは、それは「異端」な考え方だったのです。

 異常プリオンが病原体だという説にたどり着いた有名な科学者に、スタンリー・プリシナーがいます。

 しかしどういったきっかけで、このような「異端」な考え方にたどり着いたのでしょう?

 プリシナーは神経学を専門にしていたので、パプアニューギニアのクールーやヤコブ病、ヒツジのスクレイピーといった病気に関心をもっていました。どれも脳がスポンジ状に変質して、歩行困難になり、ほぼ100%で死に至る病気ということで共通しているのですが、他にも共通点がありました。それは感染ルートについてでした。例えば、狂牛病は、スクレイピーに感染したヒツジの肉骨粉を飼料に与えられた牛に起こりました(この説には異論もありますが)。クールーは、死者の脳を食べる(カニバリズム)儀式によってパプアニューギニアの民族のあいだで広まりました。ヤコブ病には、ヒト乾燥硬膜を移植されたことで薬害として起こったものがあります。どの場合にも先に病気に感染した動物の脳や中枢神経を、別の動物が直接体内にとりこんで新たに感染したという点で共通しているのです。

 もっともこの事実だけなら、病原体にはウィルスや細菌も当てはまるわけで、何も珍しいことはないかもしれません。しかし従来の考え方だけでは、どうしても説明できないことがあったのです。

 それは問題の病原体に異常なほどの抵抗力があったということです。DNAやRNAなどの核酸を破壊する紫外線照射などで操作を行えば、ウィルスや細菌なら、死滅して感染力を奪うことが出来ます。しかし、スクレイピーやヤコブ病などの感染力は、これでは失われないという実験報告がされていたのです。

 今から考えれば、このことは病原体がウィルスや細菌以外に存在しているということを示唆しているのですが、それは当時の生物学には考えにくいことだったため、あまり本腰で研究をする学者はいませんでした。そんな中でプリシナーたちは、実験によって試行錯誤を繰り返し、批難を浴びながらも、ついに病原体を異常なプリオンタンパク質だと突き止めたのです。


 では、遺伝物質を持っていないようなタンパク質が、いったいどうやって病原体となリうるというのでしょうか?また、狂牛病がヒトに伝染するというような種の壁をこえることはありえないとこれまで言われてきたのですが、最近ではその可能性も否定しにくくなってきました。これもタンパク質だけの仕業なのでしょうか?

 このことについてはまだハッキリしないことが多いのですが、今の時点ではいったいどれだけのことが分かっているのか、そういった状況で、どういった目的で、どういった研究が行われているのか覗いてみることにしましょう。



善悪2つの顔を持つタンパク質

 狂牛病、ヒツジのスクレイピー、そしてヒトのヤコブ病にしても、病原体とされる異常プリオンは、正常なタンパク質と比べてまったく別物というわけではありません。むしろ、プリオンタンパク質をつくっているアミノ酸の配列はほとんど同じなのです。では、いったい何が違うのでしょうか?

 それを知るには、まずたんぱく質の重要な性質について考えてみなくてはいけません。タンパク質は一般にアミノ酸が長く連なった鎖のようなものなのですが、伸びきったゴムのようなかたちで存在しているのではありません。立体的に複雑に折りたたまれて存在しているのです。こうして特定の立体構造をもってはじめて、酵素や体の構成ブロックとして機能することができます。

 ところが異常プリオンというのは、正常なものと比べて、この立体構造の点で異なっているのです。そのため、同じアミノ酸の配列で構成されていても違いが生じてくるのです。

 例えば、ヒツジのスクレイピーの場合、正常なプリオンと異常なものとで、立体構造に明らかな違いがあります。

スクレイピーの正常プリオンと異常プリオンのモデル図

 正常なプリオンは、らせん状の構造をいくつかもっています(紫色の部分、「αヘリックス構造」)。ところが、異常プリオンはこのコイルの部分が伸びきって板のようになっており、不安定な構造なっています(青の部分「βシート構造」)。

 プリオン病の進行は異常プリオンの蓄積によって起こるのですが、この2つの構造からすれば、正常プリオンのコイル部分が次々と板状に引き伸ばされていってしまうということになります。

 そこで議論の焦点となっているのは、どういった過程で、一方的に異常な構造のプリオンだけが、正常なものまで異常にしてしまえるのかということです。その過程が分かれば、どのような薬品や化学治療が有効かかなりしぼりこむことができます。

 例えば、異常プリオンのエネルギー的に不安定な板状の部分に触発されて、正常プリオンのコイルが引き伸ばされてしまうなら、その板状の部分を安定化させるような分子をつくって薬品とするいった具合です。

 実際のところは、この過程についてはまだまだわからないことが多く、例えば、マウス実験で抗マラリア薬と精神分裂病の薬を組み合わせて投与したら異常プリオンの増殖をある程度おさえたりといった具合で、プリオン病の治療法はどちらかというと手探り状態です。

 ただし、他に治療法がない以上、メカニズムがあまりハッキリしないこのような治療法でも、ヒトへの臨床試験が世界中で少しずつ行われ始めています。




ならず者プリオンの辞書に「種の壁」という文字は存在しないのか?

 いったん体内に入った異常プリオンが分子間でどう作用し広まっていくかという過程もわからない上に、もう少し大きい視点から見た、個体どうしの間でどう広まっていくかという過程についてもわからないことが多く存在しています。多くの人の最大の関心事である、種の壁を超えてこの異常プリオンが広まっていくのかということも科学的にはハッキリしていません。

 異常プリオンが種の壁を超えて伝染するらしいということは、以前から知られていました。ただし、基本的には、種が離れていくほど感染の確率が減っていくと考えられていました。これ自体当たり前のように思えるかもしれませんが、次のようなことから考えることができます。

 種が離れるにつれ、遺伝子の種類や数も異なっていき、その遺伝子にインプットされているプリオンタンパク質をつくるコードも異なっていくことになります。結果として、種が離れるほど、それぞれのもつプリオンタンパク質は配列も構造も変わっていくわけです。

 ここで先ほどの立体構造の話を思い出してみましょう。異常プリオンは正常なものを何らかのかたちで作用して、その立体構造を変えます。その際に、大きく離れた種なら、それぞれのプリオンの配列も立体構造もずいぶんと違うので、作用することはないだろうと考えられていたのです。

 例えば、スクレイピーに感染したヒツジでつくった飼料を与えられたイギリスのウシは狂牛病に感染しましたが、ヒツジとウシのプリオンの配列はわずか7箇所しか違いませんでした。一方で、ヒツジとヒトのプリオンのアミノ酸配列は30箇所以上も違うとされています。こうして、ヒトにスクレイピーが感染することはないと考えられてきたのです。


 ただし最近は事情が変わってきました。これまでのヤコブ病は中年から老年期に起こる傾向のある病気だとされていたのですが、90年代のはじめ頃からイギリスでは10代を含む若い患者が現れ始めたのです。しかも、それまでのヤコブ病とは異常プリオンの種類が異なっており、むしろ狂牛病のものと似ていたのです。そのためこれまでのヤコブ病と区別して「変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)」と呼ばれるようになりました。

 さらに「狂牛」が出た地域の人で変異型ヤコブ病にかかる割合が高いとか、イギリスで狂牛病が大流行した時期と変異ヤコブ病で患者がなくなった時期とを考慮すると、ヤコブ病の潜伏期間にほぼ一致するといった報告がいくつもされました。こうしてついに、96年にイギリス政府は疫学的な研究を根拠に狂牛病の病原体がヒトに感染した可能性があると発表したのです。これを機に、狂牛病などに関しての関心が一気に高まりました。というよりはパニックに陥りました。

 ただし、イギリス全体で100人程度と、科学的に十分な統計データをとるには絶対数が少なく(それでも社会に与えるインパクトはそうとうのものですが)、あくまで間接的な証拠が多く、実際のところは狂牛病と変異型ヤコブ病の関係は非常に不透明なところが多いのです。

 現時点でプリオン病が種の壁をこえるかという実験については、マウスなどの哺乳類でも行われていますが、これは生きた個体まるごとで行うというよりは、細胞やタンパク質など体の一部を取り出して試験管内で行っている場合が中心です。生物全体でこの実験を行うには、あまりに時間とコストがかかるために、マウスならともかく、まだ牛などの大型哺乳類を対象にした実験は本格的には行われていません(ましてやヒトなど言うまでもありません)。まだまだ、酵母のような単純な個体を使った場合に限られていることが多いのです。

 今のところ酵母を使った実験から得られた結果は、狂牛病も人に感染することがありうるというものでしたが、結論にいたるのはずっと先のことです。



「死んでからしか判断できない/死ぬ前に判断できる」の違い

 さて、今までいくつかの話をしてきましたが、その成果の話のほとんどが研究室の試験管内の話だということを忘れてはいけません。意図的に特定の動物に異常プリオンを接種させてその進行状況を見るのと、実際の農場で、ウシがどの程度狂牛病の進行しているかをみるのとでは、明らかな隔たりがあるのです。

 現時点では、ウシが狂牛病に感染しているかどうかは、歩行困難になるくらいの末期症状を示すか、もしくは死んだウシの脳のプリオンを調べることでしか、判断が出来ないのです。今、国内で問題の千葉の牛1頭が、イギリスの検査で「クロ」だと判断されましたが、この例もあくまで死んだウシの脳細胞を調べてわかったにすぎません。(その検査すらも一度失敗した農水省には末恐ろしいものを感じますが。)

 本来なら、症状が初期の段階のうちに狂牛病に感染したウシを見つけ、それを排除するのが理想的なのでしょうが、現段階では、初期の段階の狂牛病を判断する技術はほとんどといっていいほど確立されていません。
 
 ただ、研究室の試験管内では、少しずつ初期段階の狂牛病の証拠を見つけ出す技術が登場し始めています。異常プリオンは脳や脊髄以外にも、血液などにわずかに含まれていると考えられているのですが、これを利用して血液を採取することで判断するという方法です。

 具体的には、異常プリオンと正常なものを混ぜて、超音波を利用して、2つのプリオンを何度もふるいにかけて、異常プリオンを絞りだすという手法です。

 この技術が同じように生きた動物でも成功するかは明らかではなく、すぐに臨床検査ができるわけではないのですが、これが利用できるようになると、プリオン病の研究にもかなり貢献することになるでしょう。

 というのも今までウシなどの哺乳類のプリオン病を研究するのは、たいていの場合、死んだあとの脳細胞でした。しかし、この技術があれば、プリオン病の進行に合わせて段階的に調べることが出来るようになります。


 いずれにせよ、プリオン病についてははっきりしないことが多いので、その辺りの限界を自覚して、ある程度のことは起こりうるといった謙虚な姿勢で構えることが必要のように思えます。


 
関連サイト
例によって日本語のページからサイトを見つけ出すのは難しいので、英語のページが多めです。

狂牛病の正しい知識 Version 3.0 - Massie Ikeda
池田正行さんの「お医者さんと生命科学系の研究者のためのページ」から。国内の狂牛病に関しての、素晴らしいサイト。新聞やテレビでしか狂牛病について知らないのでしたら、このサイトを見ることをおすすめします。他にも関連のページがいくつもあるので、ぜひご覧になっては。

朝日新聞【狂牛病】特集
ある程度視点が限られてしまいますが、ここから最近の動きを知ることができます。

農水省 牛海綿状脳症(狂牛病、BSE)関連情報


この記事を書くのに参考にした英語ページをいくつか紹介しておきます。だいたい内容の順番どおりに並んでいます。

Stanley B. Prusiner - Nobel e-Museum(英語)
はじめの方に登場したプリシナーは97年に、プリオン病にかんしてノーベル賞を与えられています。そのときのプレスリリース。

The Prion Diseases by S.Prusiner - Scientific American(英語)
スタンリープリシナーがサイエンティフィックアメリカンに寄稿したもの。まとまっています。ただ97年の時点のものなので、所々事情が変わってきたところもあるでしょうが。

Prion proteins(英語)
プリオンについて。

BSE barriers - nature science update(英語)
 種の壁について

Cluster buster - Economist(英語)
 最近のイギリスのvCJDについて

Bungled - Economist(英語)
 97,8年までのヨーロッパの動きについてよくまとまっている。

'Promiscuous prion' yields clues to infection across species barrier - EurekArert!(英語)
 酵母を利用した、「種の壁」に関する実験

Prion traces traced - nature science update(英語)
 本文ででてきた超音波を使った異常プリオンのいぶり出し。

■□書籍紹介□■
『 死の病原体プリオン』
リチャード・ローズ著 桃井 健司・網屋 慎哉訳/出版:草思社
致死率100%の狂牛病、クロイツフェルト=ヤコブ病を引き起こす病原体。たった一片で脳をスポンジ化し、放射線も高熱も生き延び、遺伝子もないのに進化するこの病原体の正体は? 生命の概念そのものを覆す戦慄の事実。 (内容紹介から)


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