このサイトは現在、サイエンス・グラフィックス(株)が管理しています。
お問合せはこちらまで。

トップページ気になる科学ニュース調査
気になる科学ニュース調査

Contents
トップページ
バックナンバー
コラム投票
メルマガ登録

Service
私の気になる科学ニュース
科学ニュースヘッドライン(英語)

Information
サイトについて
掲示板
フィードバック


気ニナる
難病とたたかいを展開するナノマテリアル



ナノテクノロジーは医療や創薬の分野にも大きな影響を与え始めています。血管の中を宇宙船が進んでいく様子を想像するのはまだはやいですが、将来はそれに負けないくらいユニークな研究が世界中の進行しています。その中でもバッキーボールやデンドリマー、量子ドットといったナノマテリアルの活躍が期待されています。

この記事では
 ・ナノテクが広げる医療の可能性
 ・懐に潜り込んで妨害 - バッキーボール
 ・レパートリーの広い武術家 - デンドリマー
 ・光を使って神経細胞と「会話」 - 量子ドット
     という内容で構成しています。
 
ナノテクが広げる医療の可能性


宇宙船はまだにしても、バッキーボールが細胞内で活躍する日も近い?

 将来ナノテクノロジーが医療や創薬の分野で活躍するだろうと言うのは簡単ですが、具体的にはどんなものになるのでしょうか?

 小さな宇宙船に乗り込んで、血管の中を進んでいき病巣でたたかうという内容のSF映画がありましたが、そのことについて話していても、なかなか具体的なことは見えてきそうにありません。

 もちろん今の時点では、将来像がどんなものになるか確かな答えがあるわけではないのですが、そのヒントになりそうなものは、世界中に散らばっています。

 とくにフロンティア精神あふれるベンチャー企業や大学などの研究には、ひときわ個性の光るものが存在しているものです。

 そこで今回は、ベンチャー企業や大学の研究の中からいくつかの例を取り上げてみて、まだ輪郭がぼやけているナノテクと医療との将来像を少しでも眺めてみることにしましょう。





懐に潜り込んで妨害 - バッキーボール


バッキーボール(C60)
 まずはじめに登場するのは、ナノマテリアルでお馴染みのバッキーボール(C60)です。炭素分子60個からなるサッカーボール型をした直径がわずか数nmの小さな分子です。

 この分子が抗エイズ薬となるのですが、あとでHIVとのたたかう様子を頭のなかに描きやすくするために、HIVの大きさとも比較しておくとよいでしょう。HIVウィルスはだいたい100nmくらい の大きさで、HIVウィルスを等身大に見たてれば、バッキーボールは手のひらにおさまるほどといったところでしょうか。

 では、こんな小さなバッキーボールがどのようにしてHIVとたたかうというのでしょうか?それにはまずHIVの増殖のサイクルを簡単に知っておく必要があります。

 (HIVの増殖サイクルのモデル図↓)
 http://www.acc.go.jp/accpage/dokuhon/2001/t1_07.htm

 HIVの核は細胞のなかに進入したあと、自分のRNAをDNAに複製して細胞のDNAに挿入します。あとは細胞の持っているDNAの複製能力を利用して、新しく仲間を増やすために必要なポリペプチドや酵素を作ります。もちろん材料は現地調達です。このときの酵素が「プロテアーゼ(protease)」と呼ばれるタンパク質分解酵素で、このプロテアーゼがポリペプチドをタンパク質に切り取ります。あとは細胞から出て、これらのタンパク質から新しいウィルスが生まれてきます。

 自前のノウハウを植民地に持ち込んで、材料や労働力は現地調達し、自分の都合のいいように生産しているようなものです。


HIVプロテアーゼ。左中央部分の疎水ポケットにバッキーボールがすっぽりはまる。
 バッキーボールの抗エイズ薬としての仕事は、ウィルスのつくりだした酵素プロテアーゼの機能を抑えることで、ウィルスの一連のサイクルを途中で止めてしまうというものです。このときに、バッキーボールの物理的・化学的な性質がいきてくるのです。

 酵素プロテアーゼも他のタンパク質と同様に、長い糸が絡まったような立体構造をしています。そして、このプロテアーゼの立体構造には、ちょうどバッキーボールが入り込めるぐらいの円筒形のスペースがあります。さらに都合のよいことに、このスペースは疎水性で、バッキーボールも疎水性です。つまり、バッキーボールはこのスペースにすんなりと潜り込むことができます。

 酵素などのタンパク質は、一定の立体構造を保ってはじめて機能するので、内部にバッキーボールが入り込んでしまっては、機能できる立体構造を保つことができません。これこそがバッキーボールの任務というわけです。

 また、バッキーボールは比較的安定で、毒性はないと考えられていますし、動物を対象にした実験ではよい結果が出ています。


 ただ、このようにプロテアーゼの機能を抑えるという発想は、なにもバッキーボールにはじまったものではありません。これまでの抗エイズ薬もこの発想でつくられてきました。ところが、これまでの抗エイズ薬は、突然変異などによって耐性をもったHIVの登場で無力になりつつあります。今では、いくつかの薬と併用して、何とか効果の持続期間を延ばそうと試みている状況です。

 そのため、バッキーボールも同じ道をたどるのではという心配もあります。ただ、バッキーボールの球面上にはさまざまな分子をくっつけやすく(化学修飾)、形を変えることで、耐性HIVのつくる酵素を欺きながら、何とかやりあっていけると考える科学者もいるのです。確かにこれはバッキーボールの魅力です。

 現在は、このバッキーボールを使った薬を、カナダのトロントにオフィスがあるCシックスティ(C Sixty)社が近いうちに実用化するといわれています。

 このバッキーボール薬品がどのような結果になるかはわかりませんが、HIVウィルスの変異に対して人工的に化学修飾することで立ち向かうという重要な戦略を示してくれることになるでしょう。





レパートリーの広い武術家 - デンドリマー

 ところで、化学修飾できる分子なら、興味深いものはバッキーボールだけではありません。その一つが「デンドリマー」です。葉っぱのない広葉樹の枝のような形をした分子です。均一な枝分かれが多いために、ある程度の大きさになると球状のかたちをとるようになります。少し聞き慣れない分子かもしれませんが、バッキーボールと同じくらい化学者に気に入られているものです。

 この外見からして、いかにも大げさな分子のように思えますが、この生成自体は非常にシンプルなものです。二つ方法があるのですが、そのうちの一つは、イメージとして、洗濯バサミのつまみの部分に次々と新しい洗濯バサミをつけていくような方法です。こうして枝の世代ごとに成長していくのです。






デンドリマーの成長していく様子。
 こうして枝の数は指数関数的に増えていくわけですが、その枝のいくつかに「武器」を持たせることができるのです。

 実にさまざまな研究が行われていますが、こんな例があります。まず、一つ目の腕には、ウィルスのDNA(RNA)などと相補性のあるDNA断片をもたせます。こうすれば、鍵穴に正しい鍵だけがはまるように、特定の対象だけにデンドリマーが取り付くことができます。

 次に二つ目の腕には、金属をつけておきます。こうすればあとでX線を照射することで、退治したい対象がどこに集中しているかがわかります。

 そして最後は、生い茂った枝々のなかに薬品を忍ばせておきます。デンドリマーには、光を受けると性質がかわるので、内部に潜ませておいた薬品を特定量だけ取り出すことができると考えられているのです。このデンドリマーのように、強い薬を目的の場所に着いたときだけに放出する仕組みを、ドラッグデリバリーシステム(DDS)といいます。

 こうして見てみると、デンドリマーはさまざまな技術を備えた武術家といった感じです。もちろん、今回紹介したのは、研究の一例にすぎず、他にもさまざまな応用例があります。

 単に病原体などとたたかうだけではなく、内部にいろいろな分子をとりこみ、また放出することができるので、人工ヘモグロビンなどへの応用も考えられているほどです。さらに、デンドリマーの枝々の中の環境は、エネルギー的にも特殊なため、ナノスケールの試験管として、特別な化学反応を起こさせようとする研究もあります。これは、太陽光発電の分野への応用も考えられています。


 ただ、このデンドリマーにも欠点がないわけではありません。先ほど、デンドリマーの作り方を紹介しましたが、あの方法だとデンドリマーが大きくなるにつれて、くっつけるのに必要となる分子の数も爆発的に増加します。結果として、デンドリマーの制作には時間と費用がかかるようになります。具体的に言うと、10世代のものを買うと、0.1グラムにつき約20万円となります。

 デンドリマーには多くの可能性があるため、銭のなる木に見たてたくなる人もいるかもしれませんが、現時点では銭を食う木というべきかもしれません。今後のデンドリマーの将来は、コストの問題とそれに見合っただけの応用例が登場してくることにかかっていると言えそうです。





光を使って神経細胞と「会話」 - 量子ドット

 先ほどデンドリマーが光に対して面白い性質を現すことを紹介しましたが、光と言えば忘れてはいけないものがあります。それは「量子ドット」です。量子ドットは、ある波長の光を当てると、別の波長の光を放つという性質(フォトルミネッセンス)をもっています。

 この性質を利用して、一般に量子ドットの研究が行われている分野は、エレクトロニクス分野が中心でした。例えば、従来のものよりも性能のよいレーザーや、メモリ、トランジスタの開発といった感じです。

 しかし、この性質をうまく利用すれば、光を使って神経細胞と信号をやり取りして、人工網膜などをつくれるのではと考えられているのです。

 量子ドットとは、半導体の原子が数百個から数千個集まった数nmの大きさの超微粒子です。そして、このサイズのおかげで、量子ドットには面白い性質があらわれてくるのです。今の量子力学では、電子は粒子としてだけでなく波としても振舞うことがわかっていますが、その波長はだいたい10nm程度になります。では、自分の波長よりも小さい量子ドットの箱の中に閉じ込められた場合、電子はどのような振る舞いをするのでしょうか?
 
 あまり厳密なアナロジーではありませんが、これをイメージするには、例えば弦楽器の弦の波を考えてみるとよいでしょう。弦の長さをどんどん短くしていくと、波長は短くなっていきます。こうして音色は高い方へシフトしていきます。量子ドットという小さな箱の中に閉じ込められた電子にも同じようなことがいえ、電子のエネルギーは箱が小さくなるほど固有のものより高い方にシフトしていきます(そして、エネルギー準位どうしの間隔もひろがる)。そのため、バルク(巨視的)な半導体よりも光に敏感で、明るい光を発することができるようになるというわけです。

 紫外線や赤外線をあてれば、量子ドットは別の光を放つことができるので、バイオ実験でよい目印となります。これは従来の蛍光タンパク質(GFP)などよりも、明るさや持続性が優れています。

 また、量子ドットは電気が流れると光を放つ(その逆もあり)という「エレクトロルミネッセンス」という性質も持っています。この性質は神経細胞と会話をするのに役立つと考えられています。神経細胞も量子ドットも外見ではずいぶん違いますが、両者には共通した性質があります。それは共に電子を使って信号を送るという点です。つまり、神経細胞に量子ドットをつけておけば、神経細胞に電気が流れたとき量子ドットが光り、量子ドットに光があたれば神経細胞に電気が流れるというわけです。これを利用して、人工網膜などのニューロチップの開発が行われています。

 仮にこれらの研究が成功するとしても、それはずいぶん先の話ですが、すでに量子ドットを取り扱うベンチャー企業が少しずつ登場し始めています。アメリカのQuantum Dot社が、量子ドットの開発をはじめ、これらの研究を行っています。




 今回はさまざまな分野から現在注目されているナノテク治療を紹介しましたが、すべてに共通する点もあります。

 それは、はじめは生体内の仕組みからヒントを得たり模倣したりすることから出発していますが、最終的な目標は細胞の精巧な模倣だけにとどまらないということです。この手の分野の研究者がよく口にすることですが、自分たちの手を加えることで、生体内の仕組みより多様なものがつくれるというのです。

 バッキーボールやデンドリマーの応用例は、生体内の仕組みと似ているところがありますが、その一方で生体内にはありえないような斬新な発想をとり入れています。これは今後のナノテクの進歩と共にさらに多様なものとなるでしょう。

 今ではいろいろな条件が整い始め、10年前の夢物語が少しずつ現実味を帯びてきました。今回紹介した例のすべてが将来実用化されるとは言いませんが、そのうちのいくつかは現実のものとなるのでしょう。



関連サイト

今回紹介したベンチャー企業や大学の研究など。もっとも、ここでいうベンチャー企業というのは大学の教授たちが運営しているものがほとんどなので、あえて区別する必要もないかもしれませんが…。
ここに紹介したベンチャーだって10年後にはどうなっているかわかったものではありませんが、ベンチャーのやっている研究のアイディアは見ていて面白いものです。

●バッキーボール
C Sixty社(英語)
 バッキーボールを使ってエイズやガンの治療など。実際にここで働いているのは数人で研究者はほとんどが大学関係者というバーチャル企業です。

HIV プロテアーゼ - 米国立ガン研究センター(英語)

難病治療に応用されるナノテク素材バッキーボール - ワイアード


●デンドリマー
DendriTech社
 デンドリマーの父ドナルド・トマリア氏の立ち上げた企業で、デンドリマーに関して研究していたはずでしたが…。はて、どうしたのでしょう?

Dendritic Polymer Group - MMI(英語)

デンドリマーの赤外線捕集アンテナ機能 - 日経サイエンス
 東大教授相田卓三氏の研究。光に関係することをやっているようです。デンドリマーンの応用例は実に多様です。

デンドリマーのビジネス事情 - smalltimes(英語)
 ここの記事に、DendriTechの消息をたどる手がかりが。。


●量子ドット
Quantum Dot社(英語)
 マサチューセッツ工科大の教授らが運営するベンチャー。最近景気がよいようです。

LauchGyte社(英語)
 ここも量子ドットの生産をしている。

quantum dots for neurological research - テキサス大(英語)
 神経細胞に加工した量子ドットをくっつけて「会話」したのはこの研究チーム。
になる_科学ニュース

もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
ぜひ、そちらもよんでください。
バックナンバー紹介を見てください。