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ハチの距離感覚と「8の字ダンス」



---近いものは速く動いて見え、遠いものはゆっくりと動いて見える、あまりにも当たり前のことで、わざわざ科学的に説明しようとも思わないかもしれません。しかし、当たり前だけに盲点となりやすいこの現象に注目して、ユニークな実験を通して、ハチのコミュニケーションである8の字ダンスに、新しい意味を付け加えた生物学者がいます。---



この記事では
   子供のころの距離感覚
   8の字ダンスの秘密
   い研究の歴史の中の今回の発見
     という内容で構成しています。
 


子供のころの距離感覚

 誰でも子供のころに、なんで月はいつまでも自分の後についてくるのだろうと思ったことがあるのではないでしょうか。走れりながら見れば、そばにある電柱や家などは視界の外へ流れていくのに、月はいっこうに自分から離れていく気配がありません。そこで親にどうして月が自分についてくるのかということを聞いても、遠くにあるからと言うだけで、あまり納得のいく答えが返してもらえません。そして自分が親になるころには、逆に自分の子供に同じことを聞かれるハメになります。

 しかし、昔は不思議に思っていたこのことも、そのうち当たり前だと思うようになって深く考えなくなるためか、なかなか子供に納得してもらえる答えを返すことができないというオチになります。

 近くのものは速く動いて見え、遠くのものはゆっくり動くように見える、あまりにも当たり前のことで、わざわざ科学的に考えてみようなどと思わないかもしれません。

 しかし、当たり前ということで、意外に盲点になりやすいこの感覚的な距離に注目して、長い間謎が多かったミツバチの8の字ダンスに、ある関係を導き出した生物学者がいます。今回は、ミツバチのコミュニケーションと考えられている8の字ダンスの研究について、この生物学者のユニークな方法を通して考えていきましょう。



8の字ダンスの秘密

 ミツバチが、なにやら巣の上で、ゆがんだ8の字を描きながら飛びまわっていることを見たことがあるかもしれませんが、これは仲間のハチたちに蜜のありかを教える合図なのです。ハチも野山を適当に飛び回って蜜を探しているわけではなく、お互いに情報を共有し合っているのです。そういうわけで、巣から離れたところで花の蜜などを見つけたハチは、巣で8の字を描くように飛んで、仲間のハチたちに蜜のありかを教えているというわけです。

 というよりは、合図のようらしいと考えられていると言うべきなのかもしれません。長い間生物学者は、ミツバチのこの特徴的な行動に注目し、さまざまな説を出してきました。ミツバチの8の字ダンスは、昆虫などのコミュニケーションの中で、最も多くの生物学者に調べられてきたと言えるでしょう。しかし、なかなかちゃんとした結論を導くことができませんでした。


 そこで今までの研究の仕方と視点を変え、先ほどの感覚的な距離が8の字ダンスに関係しているということを最近になって報告したのは、アメリカのノートルダム大学のハラルド・エシュ教授の研究グループでした。

 このグループは、ミツバチにちょっとした仕掛けをしてやることで、その距離感覚を惑わせてみようと考えました。具体的には、まず蜜を探しに行くハチに狭いパイプの中を通らせます。そして、狭いパイプの中では、景色が速く流れるように見えることを利用して、実際よりも長い距離を飛んだと錯覚さようとしたのです。

 そして、はじめのミツバチは、8メートルのパイプを通って巣から11メートル先の花にたどり着いき、巣に戻ってそのことを仲間のハチに8の字ダンスで知らせました。すると、次にパイプを通らなかった他の仲間のハチは、ダンスを踊ったハチのたどり着いた場所を通り過ぎて、はるかに遠くの70メートル先まで飛んでいってしまったのです。

 つまり、エシュ教授たちの予想どおりに、はじめのミツバチは、本当は11メートルしか進んでいないのに、パイプのなかを通って景色が速く流れたために、もっと長い距離を飛んだと勘違いしたのです。そして、その勘違いを、そのまま仲間のハチに、8の字ダンスで教えてしまったというわけです。

 また他にも、教授たちの実験からは、8の字ダンスの時間と感覚的な距離との具体的な関係も見えてきたのです。仲間のハチが飛んでいった距離、つまり、最初のミツバチが飛んだと勘違いした距離は、1回の8の字ダンスを踊る時間にだいたい比例していることが分かりました。

 もっと正確には、景色がどれだけ流れたかという「視覚的な流れ(optical flow)」と一回の8の字ダンスの時間が比例していたわけです。

 今までは、8の字ダンスが伝える情報というのは、絶対距離だと考えられていました。しかし、ハチの思い込みによってダンスで伝える距離は変わってきますので、具体的な関係を導き出すことができなかったようです。

 例えば、ひらけた野原を飛ぶときと、木々の生い茂る狭い森を飛ぶのとで、同じ絶対距離でも、視覚的な流れはずいぶん違ってきますので、ダンスの継続時間はずいぶん変わってきます。当然、具体的な関係が見出せるはずがないというわけです。

 それに絶対距離だと、ハチがどのように巣から蜜までの距離を測るのかというのも、大きな問題になります。これも長い間議論されていたことです。ハチが、物差しのようなもので距離を測っているとは思えませんよね。

 しかし今回の実験で、実際のところは、絶対距離を測るというような高度なことをするわけではなく、もっとシンプルで感覚的な「視覚的な流れ」を利用しているだけということが分かったのです。この点が今回の発見の新しいことだと言えます。


 私たちは日常生活で、車、電車、飛行機などで、距離といえば、すぐに絶対距離のことを考えてしまいます。もちろん、時計の時間で距離を考えることも多いですが、あまり「視覚的な流れ」を利用して距離を測ることはありません。しかし、ハチのような複眼を持った昆虫などは、私たち人間と違って、もっと素直に自然の現象を見つめて、距離を測っていると言えるのかもしれません。

 いままで、このような発想でハチの字ダンスを研究してこなかったのは、私たちとハチのこのような違いにあるのかもしれません。




長い研究の歴史の中の今回の発見

 さて、「視覚的な流れ」の量に基づいて距離を仲間のハチに伝えているわけですから、はじめのハチと同じルートを通らなければ、正確な位置へたどり着くことができませんよね。つまり、仲間のハチが「視覚的な流れ」に基づいて、目的地までたどり着けるかということは、どれだけ正しい方向へ飛んでいけるのかということに大きく関係しています。

 ちなみに8の字ダンスについて詳しく見てみると、実際には8の字をつぶしたような形で飛んでいるのですが、その中心の向きが方向を表していると考えられています。そして、8の字を一回描くのにかかる時間が距離、正確には「視覚的な流れ」に関係しているわけです。(下に、ハチの字ダンスの様子をアニメーションで分かりやすく示したページを紹介しています。)


 ハチなどの昆虫のコミュニケーションが本格的に調べられるようになったのは、1940年代にドイツの大学のカール・フリッシュが8の字ダンスに重要性を見出したのがきっかけになるでしょう。

 8の字ダンスがコミュニケーションの道具として扱われているのなら、2つのことを確認しなくてはいけません。
 一つは、そのダンスがどのような情報を示しているのかということです。つまり、蜜がある方向や距離、さらにどんな種類の蜜かなどといったことです。

 そして、もう一つは、その情報をどのような手段で仲間のハチに伝えるかということです。8の字ダンスが見えるような昼間はよいとしても、ダンスが見えないような暗い洞窟などの巣でも、ハチはコミュニケーションが取れているという報告がされていましたので、視覚的な伝達方法だけではなくて、音や匂い、それに羽根のつくる振動なども利用しているのではないかという議論されています。


 このようにして、50年以上もの長い間、8の字ダンスについての研究が続けられてきました。その点からすると、今回の発見というのは、新しい説が一つ付け加えられたということに過ぎないのかもしれません。

 しかし、子供のころ、注意深く観察していた「自分についてくる月」という発想が、いつしか大人になると当たり前のことで済まされてしまいます。そんなわけで、ある意味子供と同じような、ハチの素直な距離感覚というものに、今まで気づくことができなかったのかもしれませんね。そのことを考えると、今回の発見は、意外に面白いものに思えてきませんか。



            


関連コラム

今までに動物の生態などについてコラムに取り上げたことはほとんどないのですが、唯一ザトウクジラの話がありました。これもコミュニケーションの話ですね。一応・・・。

ザトウクジラとビートルズ

関連サイト

ムシテックワールド なぜだろうの研究所 - インパク内
  ・8の字ダンスのアニメーションによる解説
  インパクのページです。せっかくですからアニメーションを見ましょうよ。

Nature(英語)
  ・Bees go with the flow
   今回の報告のことが書かれてあります。ちなみにwaggle danceとは8の字ダンスのこと。
  ・Vision: Honeybees dance the distance
   実際の研究報告書について。具体的な表などを見たい方は図書館などでお読みください。5月31日号(vol 411)のp581-p583です。ちなみにこの号のネイチャーの表紙はこのミツバチでした。

The Sensory Basis of the Honeybee's Dance Language - Scientific American(英語)
 94年のものと、ちと古いですが、8の字ダンスがどのように議論されてきたかが詳しく分かると思います。

ニホンミツバチ 
 ニホンミツバチについてあらゆる面から詳しく書かれています。さすがにこの写真には圧巻されます。

      

もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
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