「道具」としての自己組織化
- イントロダクション |
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「道具」として自己組織化を考えた場合、その具体的な手段となるのが「超分子化学」です。この図は、自己組織化の科学である超分子化学の展開を示したもの。 |
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ナノテクノロジーの実現手段としての自己組織化
最近ナノテクノロジーが注目を浴びるのと同時に、「自己組織化」というものもあらためて注目されています。ナノテクノロジーの分野において、自己組織化は目的のものをつくるための道具の一つだといわれていますが、具体的にはどういうものなのでしょう?
実は自己組織化という言葉は、経済学から複雑系の物理の世界に至るまでさまざま使われ方をしています。もちろん、ナノテクノロジーで使われている自己組織化というのも、根本では共通しています。
しかし、そういった分野で使われているままに自己組織化という言葉を受け入れると、漠然とした感じしか伝わってこないのが実情です。自己組織化を道具として積極的に利用していくナノテクノロジーでは、もう少し具体的に整理しておく必要があるでしょう。
そこで、自己組織化に関してナノテクノロジーと多くの接点を持つ「超分子化学」というものを具体的に見てみることにしましょう。
超分子化学は「分子の社会学」
これまでの化学が分子の個性を中心に研究するものだとしたら、超分子化学は個性も持った分子の集団がどういう振る舞いをするかを研究する「分子の社会学」といえるかもしれません。
従来の化学は、強い共有結合を重点において、個々の分子の構造や性質を解明するというものでした。もちろん分子の集団としての振る舞いを研究することもありましたが、その場合は、それぞれの分子のもつ個性をできる限り無視して、平均化、理想化して研究されてきました。
その一方で、超分子化学はこれまでの化学で蓄えてきた分子の個性を把握した上で、水素結合やファンデール・ワールス力といった比較的弱い結合によって、どういう集団をつくり、どういう性質があらわれてくるかを研究します。
超分子化学が誕生してくる大きなきっかけとなったのは、反応の相手を選り好みする強い個性をもった人工分子が発見されたことにありました。
その分子は「クラウンエーテル」と呼ばれる輪の形をしている分子です。
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18クラウン6:赤が酸素原子。中央にカチオン(主に金属イオン)を認識してとりこむことができます。 |
1967年にDu Pont社の研究員C.J.Pedersonによって発見されました。この分子の中央に空いた空間はポケットのような役割をし、ちょうどここに分子(主に金属イオン)が入り込みます。大切なことは、このポケットにはまり込んだ分子とクラウンエーテルとの結合は、共有結合のような強いものではなく、比較的弱い結合(ここでは配位結合)で、容易に出し入れすることが可能だということです。
しかも面白いことに、クラウンエーテルの輪のサイズによって、ポケットにはまることのできる分子がかなり限定されてくるのです。このように相手の分子の「情報」を認識できる分子が研究されるにつれて、「ホスト・ゲスト化学」というものが確立されていきました。このころから、分子そのものを「情報」として捉える概念が芽生えていきました。
超分子化学は、「分子情報」というものを最大限意識して、より複雑で高次元な分子集合を研究します。上図に、超分子化学の研究対象を、いくつかのグループに分けて示しています。
図から分かるように、超分子化学にとって、先ほどのクラウンエーテルはほんの序章に過ぎず、少分子系、多分子系、結晶系や高分子系、そして超分子組成体へと、より複雑で高次元な方へと展開していきます。
ところで超分子化学の世界は、具体的な大きさでいえば、数nmから数百nmくらいになります。これまであまり研究されてこなかった領域です。というのも、私たちの世界から顕微鏡などで覗いて来た世界は、最近になってようやくナノの領域に足を踏み入れるようになったばかりですし、原子や分子を取り扱ってきた従来の化学は、オングストローム(Å、0.1nm)からせいぜい数nmと、それほど大きな世界を取り扱うことはできませんでした。このようなミクロでもマクロでもない領域を「メゾスケール」と呼んでいるのですが、ここはまだ分からないことの多い未知の領域なのです。
超分子化学の目的は、主に二つあって
・このメゾスケールで、複雑な分子集合はどのように組み上がっていくのか(自己組織化するのか)?
・ミクロでもマクロでも現れない、この領域で特有な現象や分子の性質はどんなものか?またそれをうまく利用することはできないか?
ということにあります。
ナノテクノロジーも実質的には、このメゾスケールが研究開発の中心となるため、道具として自己組織化を使うなら、超分子化学から学ぶことは少なくありません。
それでは次に、クラウンエーテルなどの「少分子系」からはじまって、「多分子系」や「高分子・結晶系」、そして「超分子組成体」へと進んでいきましょう。ただし、そのときの話の展開ですが、次のような流れで進めていくことにしましょう。
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