■液晶ディスプレイ、LCD
- LCDのさまざまな技術
現在の液晶ディスプレイは10年前のものと比べると、いろいろな角度からでも表示内容がはっきりと見えたり、また液晶テレビが出るなど動画表示も可能になった。また液晶ディスプレイの価格も、ここ2,3年でずいぶんと下がってきた。
価格や視野角、動画表示などは、LCDがCRTに対して劣るポイントだったが、最近ではその差も少しずつ狭まってきている。しかし今後LCDが、これらの点でCRTと同等のレベルにまで達するようになるかと尋ねられれば、決してそうだとはいえない。
このページでは、視野が狭く、動画表示にも向かない液晶ディスプレイが、どのようにして現在のような見やすいディスプレイになったかを見てみよう。また、それぞれの技術的課題を考えてみれば、今後液晶ディスプレイがどれだけ進化するかということもそれなりに見えてくるかもしれない。
視野角の問題とその解決
CRTのディスプレイはほとんどどの角度から見てもハッキリと表示内容を見ることができるが、LCDの場合はそうはいかない。LCDの視野角が狭いのは、液晶分子を使った原理そのものに固有の性質であるため、そう簡単には解消できるものではない。
LCDの原理は、前のページでも紹介したように、棒状の液晶分子のねじれた並びを利用して光の向きを操作することに基づいている。そのため液晶分子によって、ある特定の方向の光だけが通されたり、また別の方向の光は遮られたりする。そのことは、LCDを45°斜め横から見てみると暗く見えるといったことからも理解できる。逆に特定の方向の光だけを強く通しすぎることもあるので、ムラが生じたりする。とくに黒い部分がやたら明るく見えるといったことを誰しも経験したことがあるだろう。
視野角にまつわるこういった問題を解決するには、液晶分子を含んでいるセルの設計を改良するのが最も一般的な方法といえる。現在、使われている技術は主に次の三つかそれを組み合わせたものだ。
・In-Plane Switching (IPS)

図1 TNタイプ |
従来のLCD(TNタイプ;Twisted Nematic)の液晶セルにはガラス基板と垂直に電圧をかけてきた。具体的には、普段はねじれた液晶分子(図1の左部分)を、電圧をかけることでガラス基板と垂直に並ばせる(図1の右部分)という方法をとってきた。
ところが1995年、HITACHIは従来の方法とは異なる「In-Plane Switching(IPS)」(同社では「スーパーTFT」という技術名で通っている)という方法を考案した。従来のタイプのLCDが液晶分子を二枚の電極ではさんでいたのに対し、IPSでは基板の片側に二本の電極を置いた構造になっている。電圧をかけていない場合は、従来のものとは異なり、液晶分子はねじれてはいない(図2の左部分)。しかしその電極にガラス基板と平行に電圧をかけると、液晶分子がガラス基板と水平になるように並ぶ(図2の右部分)。

図2 IPSタイプ |
結果としてガラス基板に液晶分子が水平に並ぶため、LCDに特有の視野角の狭さの問題が解消される。具体的には、どの角度からみても画面に対し140°程度の視野が得られるとされている。また色深度もよくなる。しかし、それに伴って失うものも少なくない。
従来のLCDと比べても電極の占める部分が大きくなるため、バックライトの光が吸収されてしまいやすく暗い。そのため明るくするためには、バックライトをより強くする必要があり、電力消費が大きくなる。またレスポンス時間も長いため、動画表示には向かない。
・Vertical Alignment (VA)

図3 Vertical Alignmentタイプ |
従来のLCD(TNタイプ)は電圧をかけていない場合に液晶分子がねじれた状態で光を通し、電圧をかけた場合に液晶分子がガラス基板に対して垂直になり光を通さないように設計されている。しかし実際は、電圧をかけた場合でも、完全には液晶分子はガラス基板に垂直に並ばず(図1の右部分の液晶分子に注目)、光が漏れてしまう。また、光を通す時でも視野角が狭い。
ところが「Vertical Alignment(VA)」と呼ばれる方法はこれとは異なり、電圧をかけていない場合に液晶分子が完全に垂直になり光を通さない(図3の左部分、図1の場合とは異なり、液晶分子が完全に垂直になっていることに注目)。一方、電圧をかけると液晶分子が(ねじれずに)水平に並び、光を通す(図3の右部分)。
電圧をかけていないときは液晶分子が完全に垂直なので、NTタイプのように光が漏れることもなく、黒が美しく映し出される。また電圧をかけた場合でも、複雑にねじれた配置になることもないのでレスポンス時間も短い。消費電力という点ではIPSの場合と同様に効率が良いとはいえないが、視野角も比較的広く、レスポンス時間の短さはIPSを凌いでいる。
・Multi-Domain
マルチドメイン設計(Multi-Domain)というのは液晶セルをいくつかのパート(たいていは下図のような4方向)に分ける方式を指す。それぞれの液晶セルには、それぞれ異なる方向を向いて並んだ液晶分子が存在している。そのため特定の方向にのみ視野が限られることがない。この技術はVertical
Alignment(VA)とともに用いられることが多く、「Multi-domain Vertical Alignment(MVA)」という技術で通用している。このMVAの技術は97年に富士通によって導入された。下図に示されているのはMVA方式のものである。

MVA(Multi-domain Vertical Alignment)方式 |
色深度(color depth)について
液晶のいくつかの課題のなかで、視野角の問題と同じくらい重要なものに色深度(color depth)についてのものがある。CRTはほとんど無限の色彩と明るさを表現することができる。それは、明るさに応じて蛍光体にぶつける電子の量をアナログ的に変えているからだ。RGBの蛍光体(phosphor)それぞれに照射する電子ビームの強度を変えれば、自在に色を操ることをできるというわけだ(また一つのディスプレイで解像度を変えられるのもCRTの特徴)。
一方LCDの場合は、液晶セルにかける電圧を操作することで、バックライトの光を通す量を段階的に調整している。アクティブマトリックス駆動の場合は、トランジスタがピクセルごとに制御しているように、ピクセルごとに色彩や明るさを制御することができるが、パッシブマトリックス駆動では格子状の電極で制御しているために微妙な色表現ができない。
では、具体的にアクティブマトリックス駆動のLCD(AMLCD)がどのように色表現をしているかを見てみよう。AMLCDでは、RGBのサブピクセルごとに透過する光の量を制御している。例えば8bitのコントローラーなら、それぞれのサブピクセルごとに256(2^8)段階で制御している(サブピクセルのこの数をグレイシェイド(gray shade)という)。これがRGBの三色になると16,777,216色(256^3)で表現できるというわけだ。これが24bitのディスプレイになる。目で見る限り基本的にはこれで問題ないが、写真の編集などの場合には依然としてLCDはCRTに及んでいない。(さらにLCDは見る角度によって、発色の具合が変わってきてしまう問題があることも上で述べたとおり。)
レスポンス速度
日本では液晶テレビ(つまり動画専門の液晶ディスプレイ)が市場に出回っているが、やはりLCDの欠点の一つには動画表示があることを忘れるわけにはいかない。LCDの原理のページで何度も見てきたように、液晶分子が実際に移動することによって動画を表示しているので、どうしてもスイッチ時間とのタイムラグが生じてしまう。このタイムラグを「レスポンス時間」と呼んでいる。
CRTの場合、このレスポンス時間はほとんどないといって良い(電子ビームの速度とブラウン管の距離を考えてみよう)。ところが、LCDの場合、特にパッシブマトリクス駆動のLCDの場合、このレスポンスは150ms以上だとされている。もっと身近な言葉に直すと秒間6フレーム程度ということになってしまう。動画表示に向いているアクティブマトリックス駆動のLCDでも、標準的なレスポンスは40ms程度で、つまり秒間25フレーム程度ということになる。視野角が広いがレスポンスの遅いIPSは40ms程度、MVAはレスポンスが速く25ms程度とされている。
バックライトとバッテリー問題
液晶と消費電力という言葉を同時に聞くと、プラスの印象を受けるかもしれないが、必ずしもそうではない。確かにCRTと消費電力を比べれば、LCDはずいぶんと省電力といえるだろう。だからこそ、携帯電話やPDAのディスプレイとして利用することができるのだ。ところがふたを開けてLCDの仕組みを見てみると、LCDは必ずしもエネルギー効率が良いとは言えないことがわかってくる。
LCDは液晶分子が直接発色しているわけでもなければ発光しているわけでもない。バックライトの光を通しそれを蛍光体に当てることではじめて、私たちがその光を認識できる。ところがバックライトからの光は私たちの目に届くまでに、液晶分子や蛍光体に吸収され、最終的な明るさは10%程度になってしまうのだ。
このために見にくくなった画面はバックライトの強度を上げてやれば解消できるが、デスクトップパソコンはともかく、モバイルではバッテリーを食ってしまう。ノートパソコンやPDA、携帯などは屋外で利用する機会が多いが、その際にはバックライトを強くしないと、画面がはっきりと見えない。かといって、バックライトを強くすると、大きなバッテリーを必要とし、持ち運びに不便になってしまう。これこそまさにモバイル産業のジレンマなのだが、いったいどうすれば解決できるだろうか?
いくつか解決策があるだろうが、どうせ見にくくなるのは屋外なので、屋外の光をうまく使えないだろうか?そういう発想から生まれてきたのが、「反射型TFTディスプレイ」である。従来のLCDはディスプレイ自体がバックライトによって光る「透過型」で、屋外では見にくいものだった。ところが反射型は、外界からの光が偏光フィルター、液晶セルを通って反射層で跳ね返されて私たちの目に入ってくるという仕組みだ。ただし反射型は屋内で醜いという欠点もある。
また、バックライトの光を有効に使うという方法もある。バックライトをディスプレイ全面につけるのではなく、画面端にだけつけ、くさび型の光拡散板などをつけ、画面全体に光が行き届くようにするというものだ。携帯電話などではこの方法がとられていることが多い。
製造コストと低温ポリシリコン

この図では、分かりやすくするために単結晶Siが二次元的に書かれているが、実際はダイヤモンド構造の三次元的なものになっている。ポリシリコン、アモルファスシリコンについても同様である。 |
いろいろとLCDの欠点を挙げることはできるが、最終的にものをいうのはその価格だろう。もしCRTとLCDが同じような価格だったら、もはやCRTは化石になってしまっていたはずだ。なぜLCDはこうも価格が高いのだろうか?いずれCRTと同じ程度の価格になるのだろうか?残念ながらそうなることはないだろう。LCDの価格の最大の原因は、LCDの製造過程があまりにも複雑なことが挙げられる。
アクティブマトリックス駆動のLCDはピクセルごとにトランジスタが存在しているため、その製造過程はコンピュータチップをつくるときと似ているところが多い。ただしコンピュータチップと大きく異なる点に、基板にコストのかかるガラスを使っていることと、シリコン単結晶ではなくアモルファスシリコンを使っていることが挙げられる。アモルファスシリコンの場合、ガラス基板にシリコン膜を成長させるのは技術的に容易で製造コストを抑えることができるが、非結晶ゆえに単結晶の場合と比べると電子の移動速度が遅く、結果としてトランジスタの性能はあまり望めない。
しかしシリコン単結晶でトランジスタをつくるのは、ガラス基板の熱耐性などの問題から、そう簡単ではない。そこで、現在は少しずつ「ポリシリコン(多結晶シリコン)」が使われている。ポリシリコンは、単結晶とアモルファスの中間のような存在だ。そのため、アモルファスシリコンより電子の移動速度が速い(a-Siが~1cm2/V-secなのに対し、p-Siは200〜400cm2/V-sec)。これまではポリシリコンの加工は高温で行われる必要があったため製造コストがかかっていたが、最近ではより低い温度で加工が可能な低温ポリシリコンが使われている。これによって、低コスト、高性能なLCD(とくにモバイル)が可能になってきている。(さらに詳しくは「アモルファス&ポリシリコン」を参照。)
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