■フラーレン
− フラーレンの科学的性質
炭素原子だけからなる一連の球状の分子「フラーレン」のなかで、特にサッカーボール型をしたC60のことを「バッキーボール(buckyball)」と呼ぶ。バッキーボールは外見からもユニークなように、かたちを見ただけで予測できるいくつかの性質がある。
幾何学的な性質から分かること
[究極の対称性]
まず、幾何学的に見て分かるいくつかの性質を見てみよう。一番大きな特徴は、どの炭素も同じ化学環境にあるということだ。この事実は「フラーレン発見までのドラマ」で紹介したNMRスペクトルの一本ピークとして現れる。
確かに、バッキーボールを構成する炭素原子はどれも必ず三つの腕(結合)を持っている。この腕の形は炭素原子がsp2軌道(ダイヤモンドはsp3軌道、グラファイトはsp2軌道)と呼ばれるものであることが分かる。
[オイラーの定理]
また、バッキーボールも含めてフラーレンには六角形面だけではなく、必ず五角形もいくつか含まれている。この二つの面の数には何か関係のようなものはあるのだろうか?もし関係があるとすれば、C60以外のもっと大きいフラーレン(例えば、C70など)について構造を予測するのに役立ちそうだ。
実は、多面体の面や頂点の数についての関係を示す有名なものに、「オイラーの定理」というものがある。実にスッキリとした公式で扱いやすいので、ここで取り上げてみよう。

オイラーの公式に何種類課の多面体を当てはめてみた例 |
V+F=E+2
V 多面体の頂点の数
F 面の数
E 辺の数
(立方体や正八面対などで当てはめてみるとイメージがわきやすい)
この式を使えば、六角形だけからは閉じたC60を作れないことがすぐにわかる。すべて六角形からできているC60を仮定してみよう。
まず、頂点の数は炭素原子の数に等しいのでV=60。次に、ひとつの頂点は、他の三つの頂点と辺を共有しているので、一つの頂点当たりの辺の数は3/2、したがってE=3/2*60=90。さらに、一つの辺が二つの六角形面の1/6を構成しているので、F=1/6*2*90=30。ところが、これを代入しても、式は成り立たない。C50やC70など、他のフラーレンでやってみても同じことです。
この式をいじっていれば、閉じた三次元構造であるフラーレンを作るには、必ず12個の五角形がいることがわかる。こうしてできたC60はどこから見ても対称性があり、ねじれや歪みもなく確かに安定そうだ。
[ヒュッケル則]

ヒュッケル法で電子のエネルギー準位が計算できる。下からついになった矢印を入れていき、同じ準位がちょうど満たされたときに、「閉じた電子殻」となり安定化する。これはC60について計算したエネルギー準位。 |
しかし、幾何学的に安定なことと化学的に安定なことは別問題で、オイラーの公式からは化学的な安定性は何一つわからない。そこで化学的に安定であるかを簡単に確かめる一つの手段として「ヒュッケル則」というものがある。これはもともと複雑な量子力学の計算結果によって近似的に出された法則で、半経験的なものだ。詳しい内容を知らなくても化学的な安定性が簡単にわかるうえ、比較的精度も高いといえる。
あまり詳しくは書けないが、このヒュッケル則を用いると、C60が安定だということがわかる。C40,50といった他のフラーレンと比べても、C60は安定で、60こそがマジックナンバーだということがわかる。なんと炭素に関しての情報をほぼ何も知らなくても、理論だけから、C60の存在の可能性を示唆できるのだ。
これまで挙げた内容は、幾何学のお遊びのような感じもあるので、今度はバッキーボールのもっと具体的な性質を見てみよう。
電気伝導性、超伝導、高温超伝導まで
一般にC60だけからなる結晶では絶縁体であるが、C60の薄膜にアルカリ金属(Li,Na,Ca,...の列)をドープしてやると、室温で伝導体になることがベル研究所のグループによって明らかにされました。その伝導性は、ポリアセチレン(1999年にノーベル化学章をとった白川教授の受賞内容)に匹敵するほどだ。
さらに驚くことは、カリウムを三つドープしたK3C60の結晶が超伝導体にもなることが発見された。このK3C60が超伝導体の臨界温度は15Kである。そしてアルカリ金属によるドープで、だいたい30K程度まで超伝導を示すことが分かった。2000年になって、C60がさらに高い臨界温度を示すことが分かった。バッキーボールの結晶にアルカリ金属ではなく電子を加えてやると、臨界温度が52Kまで上昇したのだ。
現在、なぜこれほど高い臨界温度を示すのか明らかになっていないが、安価な室温伝導体の可能性も視野に入れた研究が行われている。
炭素100%からなる「磁石」
詳しいことは、「フラーレン化学 フラーレンポリマーの世界へ」で紹介するが、高温高圧化でバッキーボールの結晶は「磁石」になりうることが2001年末に発見された。
つい最近までは「磁石には必ず金属原子が含まれていなければならない」というのが定説だったが、今では有機物、もしくは軽原子からだけでなる「分子磁石」というものも数多く発見されている。しかし、これらは磁石としての能力は弱く伝導性も悪いため、実用性は期待できなかった。
ところがこのバッキーボールによる磁石は伝導性もよく、(金属よりは低いですが、従来の分子磁石に比べて)磁性が強く将来的にはかなりの応用分野があると考えられている。
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