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水に浮く「水滴」



---水滴をあるパウダーでコーティングしてやったところ、まるでゴムボールのような形で静止しました。しかも、面との摩擦が少ないため周りの影響に敏感で、この性質を利用して、薬の性質や環境汚染の度合いの評価などの、ミクロ流体工学に応用できると考えられています。また、普通の水滴のように「すべる」のではなく「転がる」ため、遠心力によって速度に応じドーナツ型になったりピーナッツ型になったりします。これは天体の不思議な形を説明するキーになるとも考えられているのです。---



この記事では
   「ドライ」ウォーター
   かわるかわる水滴の形
   自然界での利用と応用
     という内容で構成しています。
 


「ドライ」ウォーター

 わざわざ自動車を洗ったのに、雨が降ってしまい、結局また水あかで車のボディが汚れてしまった。何度かこんな経験をした方も多いことでしょう。そのため、雨粒が車のボディに残らないように、洗車のときにワックスを塗っておきますよね。しかし、ワックスを塗って雨粒をはじくようにしても、雨粒がすべっていった跡には、どうしても水滴が残ってしまいます。やはりそこから汚れてしまいます。

 実はこのような水跡の問題に悩んでいるのは、雨上がりの私たちだけではありません。工業的な場合でも、水滴を完全に移動させるのは難しいことなのです。頬を流れた涙の跡のように、どうしても水跡が残ってしまうのです。

 そのためこの水跡の問題を解決するために、プレートの表面に静電塗装をしたり、電磁場をかけてみたり、音波で振動させてみたりと、思いつく技術をすべてを利用して、何とか表面に水跡が残らないように工夫してきました。ところが、苦労のわりに余りうまくいきません。

 そこで、ある2人のフランス人学者は、まったく別の発想でこの問題を解決しようとしました。それは、「ぬれない表面」のプレートを作るのではなくて、表面を「ぬらさない水滴」をつくろうという発想でした。

 この科学者たちは、ちょっとしたパウダーを直径1ミリ程度の水滴に振りかけてやることで、水滴を包み込んでしまいました。そして、これをプレートの上に置いたところ、水滴は表面を「すべる」のではなく、ゴムボールのように「転がる」ようになったのです。しかも、転がっていった跡には、まったく水滴が残っていませんでした。また静止した場合でも、いつものように水滴がレンズ状に潰れるのではなく、ゴムボールのように球の形を保ったままだったのです。(写真↓)
http://physicsweb.org/article/news/05/6/12/1/0106121


 これまで、重力のある地球上では、水のこの振る舞いを再現するのは不可能で、理論上の産物だと考えられていました。ところが実際に再現が可能になったのです。


 そこで今回は、この2人の科学者のつくりだした「水滴」がどんなものか、そして、この発見がミクロ流体学などの分野や天体の形を説明するのに、どのようにして利用されていくのかを考えてみましょう。




かわるかわる水滴の形

 さて、表面を濡らさない水滴というのはいまいち想像しにくいでしょうか?

 その場合、水銀の性質を思い出してもらえばよいでしょう。体温計や温度計などを割ってしまうと、なかから水銀がこぼれ出してきます。水銀が危険なものだというのは知っていますから、慌ててつかまえようとするのですが、水銀はツルツルとすり抜けるばかりでなかなかつかまえることができません。もちろん、そのときに水銀が通った跡には何も残りません。まさに、この水滴も水銀のようなふるまいをするのです。

 まだ分からない?だったら、宇宙飛行士がスペースシャトルの中で、ジュースなどを少しだけ出して球をつくっている映像を見たことがあるでしょう。無重力だからこそ、あのような現象がおこるのです。しかし今回の水滴も、重力に縛られた地球上で、同じような現象を見せます。

 この科学者たちは、さまざまな液体とプレート表面の「ぬれやすさ」の性質を調べていたときに、今回の発見をしました。

 ところで、どんなハイテクパウダーを使ったのかと思うかもしれませんが、そのときに用意したのは、コケの疎水性の胞子だったのです。これを水にまぶしてやり、その性質を調べていたのです。その結果、中の水がこぼれることなく弾んだり、転がったりしたのです。さらに、この水滴を水に入れても、混じり合うことなく水の上を漂うことが分かりました。



 もっと面白いのは、その水滴が傾いたプレートの表面を転がるときに、角度の大きさや速度によって、形を変えるという性質をもっていることでした。

 この水滴は、あくまで「すべり落ちる」のではなく「転がり落ちる」ので、遠心力が働きます。しかも球状とは言ってもやわらかいので、遠心力によって形がゆがめられてしまうのです。はじめのうちは遠心力のため円盤状の形で転がっていたのですが、回転が速くなって遠心力が大きくなり、じょじょに真中が薄くなっていき、ドーナツに似た形になります(ただし真中に穴はあきません。ムービー↓709K)。
http://www.college-de-france.fr/chaires/chaire2/roue.AVI

 さらに水滴が転がっていき台から落ちると、ドーナツからさらに形をかえ、ピーナツの殻のような形になりました。実はこれは、無重力の宇宙空間で水滴が回転するときにも見られる形なのです。(ムービー↓829K。先ほどのドーナッツ状のものがこんな形になるんですね)
http://www.college-de-france.fr/chaires/chaire2/cac.AVI


 実はこのように速度によって水滴の形が変わることは、一世紀も前から、ある科学者が理論上で予言していました。ところが、それは重力や液体と表面の間に摩擦がない場合に限られ、あくまで理論上の話に過ぎませんでした。
 
 ところで、回転の速度や重力などの周りからの影響によって、安定な形が変わるということを観察することで、天体の形を安定性の面から説明できると考える学者もいます。天体は地球のような石の惑星だけではなく、今回の水滴ボールのようなやわらかいものもたくさんあるからです。

 このように、一世紀も前から理論上では考えられていたのに、重力で縛られた地球上では不可能だった実験が、ついに可能になったというわけです。




自然界での利用と応用

 このような水滴の性質を実験で示したのは今回が初めてですが、実は自然界ではこのような性質はそれほど珍しいことでもありません。例えば湿地に生息しているハスの葉には、そのような粉末と多くの小さな毛が生えていて、その性質により葉が水をはじくようになっています。このことによって、水中からの病原菌などからの汚染を防いでいるのです。沼に浮いている小さな虫も似たようなことをしています。また、生体の中で粘着性の高い細胞などが移動するときに、同じような性質が関係しているかもしれません。自然界ではこの性質が上手に利用されてきました。

 では、私たちにとって、この性質はどのような利用方法があるでしょうか。球状で表面に粘着性がないということは、周りのわずかな変化によって、この水滴を動かすことができると言うわけです。そのため、バイオセンサーとして利用できるのではないかということが考えられます。他にも、この球の強度や耐久時間などを研究することによって、パウダーの内部に薬品を包み込み、体内に注入して目的の病原菌やガン細胞を退治するといった医療の場でも利用できるかもしれません。他にも環境面で新しい技術が生まれるかもしれません。このようにミクロ流体学的なさまざまな応用方法が考えられるわけです。

 今まで、理論上でしか考えられてこなかった性質なため、あまり実用例は考えられてきませんでした。その分、今までにはないような装置を作り出すことができるかもしれません。おそらくは、比較的近い将来に、この仕組みを利用した装置や治療法などが考えられていてもおかしくないでしょう。


 水滴にぬれない表面をつくるのではなくて、表面を濡らさない水滴を作り出そうという、今まで誰も考えてこなかったようなアプローチだったために、このような単純な方法も見逃されてきたのでしょう。



              


関連サイト
今回の発見はNatureで発表されたのですが、表紙を飾ったのもこの水滴ボールです。あちこちでドライアイスに引っ掛けて、ドライウォーターなどと呼ばれて大騒ぎになりました。やったことは単純ですが、かなり衝撃的な発見だったといえるでしょう。今回の発見がどんな応用へ結びつくのかが楽しみです。


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Water That Won't Wet - ABCNews(英語)

Liquid marbles roll out - Physics News(英語)

・ドーナッツ状、ピーナッツの殻状の水滴のムービー
 http://www.college-de-france.fr/chaires/chaire2/roue.AVI
 http://www.college-de-france.fr/chaires/chaire2/cac.AVI
 いきなりダウンロードが始まります。

関連論文

Nature (英語)
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Liquid marbles(論文)
2人のフランス人学者が発表した論文。水滴がドーナッツの形から、ピーナッツの殻の形にかわっていく様子をストロボ写真で確認することができます。

Non-stick water (news and views)


      

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