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太陽ニュートリノ問題の解決は深遠なる謎への入り口



---太陽から発せられたニュートリノについて、実際に観測できる数は、理論上で予測されるものよりずいぶんと少ないものでした。それがなぜかは30年以上謎のままでした。実はこの原因は、ニュートリノが巧みな「変装」で多くの科学者を欺いていたことにあったのです。しかし、今回の発見により、ようやくこの問題に終止符が打たれました。---



この記事では
  変装の達人
  「分かってないのは太陽か、ニュートリノか」の30年間
  巨大地下タンクでニュートリノのしっぽをつかめ
  スーパーカミオカンデとSNOのマスターピース
  「ニュートリノに質量あり」の意味するところは・・・
     という内容で構成しています。
 


変装の達人

 そいつは「変装の達人」で、変装した姿を見破ることは容易ではありません。しかも、今までに変装をしている証拠をつかまれたことはありませんでした。そのくせ、どこにでも現れて、どんなに丈夫な壁でもなんなく通り抜けてしまいます。そして30年以上もの間、その変装で何万人という科学者の目を欺いてきました。

 また科学者の方はどうかというと、徐々にそいつを追い詰めていき、変装についての決定的な証拠をつかもうと必死になっていました。

 そいつの名前は「太陽ニュートリノ」で、30年以上謎のまま、それは「太陽ニュートリノ問題」とよばれてきました。このニュートリノについてどれほど観測を続けても、実際に観測される数は、理論の上で予想される数よりずいぶんと少ないのです。そのため、これまでの太陽の理解が間違っていたのではと言われることもあるほどでした。

 しかしようやく、この問題が解決されることになったのです。これまで、どのようにしてニュートリノは科学者を欺き、また科学者たちは、何を証拠にニュートリノのトリックを見破ったのでしょうか?今回はニュートリノをめぐる、この大きな謎についてのぞいてみることにしましょう。




「分かってないのは太陽か、ニュートリノか」の30年間

 みなさんがこの記事を読み始めてからも、すでに数え切れないほどのニュートリノがからだを通り抜けています。ニュートリノはいたるところに存在していて、太陽から発せられたり、宇宙からやってきたX線が地球の大気に衝突したときにも発生します。また、遮られることがほとんどないため、宇宙の果てから直接地球にやってきてくるものもあります。

 太陽ニュートリノが地球にどの程度とどいているかということは、太陽のモデルを使うことで説明されてきました。少なくとも説明できると考えられてきました。太陽が輝いているのは内部で核融合反応が起こっているためで、そのときの反応でニュートリノが発せられます。あとは、太陽がどの程度輝いているか、つまりどの程度の反応がおこっているかを知ることで、ニュートリノの数を正確に計算することができるというわけです。


 大きな問題が起こったのは、1968年の太陽ニュートリノがはじめて観測されたときでした。その観測でとらえることのできたニュートリノの数は、太陽モデルで予測される数より少ないことが分かったのです。

 これが単に観測機の精度の問題なら、あまりたいしたことではありませんでした。しかし90年代に入るまで、ずっとこの観測が続けられ精度も向上してきたというのに、どうしても理論上の3分の1程度の数しかニュートリノをとらえることができなかったのです。

 もはや観測の精度の問題だけではすまされません。もっと別のところに、ニュートリノが見つからない理由を探さなくてはいけないということです。この謎を説明するために、さまざまなことが挙げられましたが、最終的には次の二つに絞られたのです。

 一つ目は単純明快で、それまで私たちが正しいと思っていた太陽のモデルは、実は間違っているのだというものでした。

 二つ目は、問題は太陽モデルにあるのではなく、ニュートリノに何かが起こっているからではないかというものでした。具体的に考えられたのが、太陽から放たれたニュートリノが途中で、観測機でとらえることのできない別の種類のニュートリノにかわってしまうのではないかというものでした。これはのちに「ニュートリノ振動」と呼ばれるようになりました。

 このことを意識して観測が続けられるにつれて、だんだんとニュートリノの面白い性質が分かってきました。

 ニュートリノは一種類だけでなく、他に兄弟みたいなものが存在していることがわかってきたのです。はじめから知られていた電子ニュートリノの他に、ミュー・ニュートリノやタウ・ニュートリノが存在しているというのです。最近では、3種類のニュートリノがすべて単独でその存在を確認されています。確かにこれなら、太陽ニュートリノの数が理論値の3分の1程度だった理由について説明ができそうです。

 しかしこれだけでは、電子ニュートリノが他の2種類のものに変化できる状況証拠に過ぎません。これについての決定的な証拠を得られない限りは、依然として太陽モデルは間違っているかもしれないと心配し続けなくてはいけませんでした。


 それが、カナダのサドベリー・ニュートリノ天文台(Sudbury Neutrino Observatory;SNO)の先日の報告によって、ついに決定的な証拠を得ることができたのです。長い間謎のままであった太陽ニュートリノ問題に決着がついたのです。




巨大地下タンクでニュートリノのしっぽをつかめ

 そもそもニュートリノというのは、観測されてその存在に気づいたのではなく、理論の上で、はじめてその存在を予言されたのです。1931年に、オーストリアの物理学者パウリが、放射能の崩壊のときに起こるエネルギーの消滅を説明するためにその存在が予言されたのです。

 そのため、電気的に中性で、質量は非常に小さいか、もしくはゼロと考えられました。そのため、他の物質と作用することがほとんどなく、さっきからあなたのからだをすり抜けているわけです。

 そこで、このニュートリノを観測するために、科学者は普通の観測機とはずいぶん違ったものを作り出しました。普通の天文観測機といえば、たいていの場合、見晴らしのよいところで空を向いていますが、このニュートリノの観測機は、地下深くに、巨大な水タンクとともに埋められているのです。

 例えば、日本にある世界最大のスーパーカミオカンデは50000トンの水(H2O)と、そのタンクの中に1万個以上の光検出器が備え付けられています。


 一万以上の光検出器についてですが、これはニュートリノの存在を間接的にとらえるのに使われます。直接つかまえることのできないニュートリノは、水分子の陽子や電子に衝突すると、チェレンコフ光と呼ばれる光を発し、その光を観測することによって、ニュートリノの存在をつかむのです。

 先日のカナダのSNOも、このスーパーカミオカンデほどではないにしろ、直径12メートルのタンクに1000トンの重水(D2O,水素のかわりに重水素からなる水)が満たされており、そのタンク自体も直径30メートルの水(H2O)タンクに浸されています。




スーパーカミオカンデとSNOのマスターピース

 今回のSNOの報告には、これまでのスーパーカミオカンデのデータが有効に利用されています。先ほども出てきたように、スーパーカミオカンデとSNOでは、タンクの中の水がH2OとD2Oで異なりますが、これにはちゃんとした訳があるのです。

 スーパーカミオカンデは、三種類のニュートリノをすべて観測することができますが、その中でも特に電子ニュートリノを精度よく観測することができるようになっています。しかし、H2Oでは三種類のニュートリノをそれぞれ区別することはできません。

 一方SNOはタンクにD2Oを使っており、ニュートリノとD2Oとの特定の反応を観測することによって、電子ニュートリノだけを観測するようにされています。

 もうお分かりでしょうか?つまり、もし太陽が発するニュートリノのすべてが電子ニュートリノのまま地球にとどくとしたら、スーパーカミオカンデもSNOも同じ観測結果がでるはずです。ところが、もし太陽から発せられたニュートリノの一部が、ミュー・ニュートリノやタウ・ニュートリノにかわるのなら、SNOでの観測結果はスーパーカミオカンデのものより、確認されるニュートリノの数が少なくなるはずです。

 そのデータ比較の結果、SNOで確認されたニュートリノの量はスーパーカミオカンデのものより少ないことが分かりました。こうして、ニュートリノの他の種類のものへ変装するということがが、太陽ニュートリノ問題の原因となっていたということが証明されたのです。これらの観測結果から、太陽ニュートリノの数を計算したところ、見事に太陽モデルの値と一致しました。こうして太陽モデルが正しいことも証明されました。30年間、物理学者や天文学者を悩ませてきた太陽ニュートリノ問題は解決したのです。

 なお、このようにニュートリノが種類をかえる、つまりニュートリノ振動が起こるためには、量子的な説明により、ニュートリノに質量があることが要請されます。こうして、太陽ニュートリノに質量があるということも確実になったのです。

 ニュートリノの質量については、1998年のスーパーカミオカンデの大気ニュートリノの観測によって確認されていましたが、今回の発見によって、ニュートリノの質量の存在はさらに確かなものになりました。




「ニュートリノに質量あり」の意味するところは・・・

 さて、太陽モデルの正しさが証明され天文学者はバンザイ、ニュートリノ振動が確認され物理学者もバンザイで、今回の話は終わりません。ニュートリノに質量があるというのは、いったいどういうことなのでしょうか?

 あまりに深遠な内容で、話すことはたくさんあるのですが、まずは比較的明らかになったことについて述べておきましょう。

 まずは、宇宙の見つからない質量分、つまりダークマターについてです。今まで質量がないとされてきたニュートリノに質量があるということは、ダークマターについて考える上でニュートリノを考慮する必要があるように思われます。今のところ、ニュートリノの具体的な質量は明らかになっていないのですが、電子の質量の1000万分の1よりさらに小さいぐらいだと考えられています。これをもとにしてSNOの研究チームが計算したところ、ニュートリノが宇宙全体の質量に占める割合は0.1%から18%の間だと求まりました。こう見るとずいぶんと幅が広いように思えますが、妥当な数字は0.1%だと考えられています。つまり、ニュートリノをダークマターの第一候補として考えることはできそうにないというわけです。宇宙の運命を左右するのは、この謎めいた粒子ではなく、もっと別の何かというわけです。

 太陽ニュートリノ問題の解決がまた新しい謎を呼んだということになります。


 さて、今回の発見が、理論物理においても大きな影響を与えることになることは言うまでもないでしょう。結局のところ、これまでの素粒子についての標準理論というものは、ニュートリノの質量をゼロとしてきたわけです。しかし実際は、ニュートリノの質量はわずかなものでもゼロではないと分かったのです。では、標準理論はどうなってしまうのでしょう?

 この結果は、標準理論とは衝突してしまいますが、決して「予期しない」ものではなかったはずです。既存の理論の矛盾を期待するといった、一見するとパラドックスですが、むしろ多くの科学者が予想していた結果なのです。多くの科学者が、この結果を粒子物理学の崩壊だとはとらえていません。

 たとえば、7月5日付けのNatureの"Opinion"のページで、「標準理論は、かつてニュートンの重力の説明が相対性理論にのっとられたのと同じように、正しいわけでも間違っているわけでもない」と書かれています。たしかにニュートンの重力の説明は、相対性理論で時空がゆがんでいると言われるような極端な場合では正しくありませんが、今でも宇宙探査の計画を立てる上でしっかりと考えの基礎になっており、標準理論もこれと同じだというのです。今後は、この標準理論も大きく取り込む形で新しい理論が登場してくるのを待っているようです。例えばその中の一つに、大統一理論というものがあります。またひとつ、理論物理が前進したといえるのでしょう。

 もっとも、今回の発見でニュートリノの謎がすべて解けたわけではなく、むしろまだ分からないことばかりです。例えば、この3種類のニュートリノの相互変化などに規則性があるのかといったことや、正確な質量もまだ謎のままです。実際のところ、これまでにしっかりと観測されたニュートリノの量は、太陽ニュートリノの場合に限っても、全体数の0.005%程度に過ぎず、まだまだニュートリノの研究もはじまったばかりといえます。

 ニュートリノの変装の決定的証拠をつかんだことは確かに大きな出来事ですが、これからもこのニュートリノと科学者との闘いは続いていくのです。


              

関連サイト

●ニュートリノ観測研究所のホームページの紹介。
 どのサイトも、どれだけ深いところに施設が埋められているかや、タンクの内部がどのようになっているかを知ることができます。

スーパーカミオカンデ公式ホームページ
1998年の初めてニュートリノの質量の証拠について報道されたときの衝撃は今でも記憶に新しいことでしょう。そんな大発見をした日本のスーパーカミオカンデのサイト。「一般向けページ」に分かりやすく解説されています。

サドベリー・ニュートリノ天文台(Sudbury Neutrino Observatory)(英語)
こちらは今回ニュートリノ振動の決定的証拠をつかんだサドベリー・ニュートリノ天文台のサイト。上のサイトと同じく、水タンクの中がどのようになっているかなどを写真で見ることができます。

AMANDA(Antarctic Muon And Neutrino Detector Array)(英語)
南極の氷の下に埋められている高エネルギーニュートリノ観測機。こちらは大気ニュートリノや太陽ニュートリノではなく、深宇宙からやってくるニュートリノを観測しようとしています。こちらは特に宇宙の歴史などを探る上で重要な役割をはたしてくれるでしょう。今回の記事では触れることができませんでしたが、こちらの研究報告にも期待。

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●関連ニュースなど
 今回の記事を書くときに参考にした一般ニュースサイトなどをいくつか挙げておきます。

太陽ニュートリノにも質量 共同研究チームが突き止める - 朝日新聞

ニュートリノ - 宇宙情報センター

太陽ニュートリノ問題 - ぐんま宇宙科学館

Spotted: mass exodus from the Sun - nature science update(英語)

Solar neutrinos change their tune - PhysicsWeb(英語)

Solving the Neutrino Puzzle Leads to Creation of Another - Washington Post(英語)

How the Sun Works - HowStuffWorks(英語)

Pauli, Wolfgang - Britanica Online(英語)

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●研究論文など
 本文では細かい数字や、あまり意識して厳密な表現はしていません(^^;)。そのため、もっと信用のある情報が欲しい方はこちらの方へどうぞ。

サドベリー・ニュートリノ天文台の最新研究報告(PDF形式)(英語)
6月にされた報告。スーパーカミオカンデのデータとどのように比較したかや、ニュートリノ振動などについて書かれています。

Blessings of mixed neutrinos(英語)
 本文でちらりとでてきた標準理論の行方などについて書かれた記事。私には難しすぎるので、本文ではあまりこの内容をふれないということで・・・(笑)。興味のある方はどうぞ。無料の会員登録でばっちり読めます。


      

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