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ナノチューブの奏でる究極のコンピュータ序曲


---「究極のコンピュータ」実現のためには、情報を分子と単一の電子として扱うことが必要となるでしょう。その候補として、カーボンナノチューブがありますが、電気的な性質はまだまだ不明な点が多いのです。ところがSTMを巧みに利用して、ナノチューブ表面に「電子の波」を実験的に見ることに成功しました。今まではこれを波動関数などで理論的に予測することが中心でした。カーボンナノチューブを使ったコンピュータとはどういったものなのでしょう?---




この記事では
 固体表面に住む悪魔
 カーボンナノチューブの魅力
 ナノ世界の波の観察
 究極のコンピュータ実現への足がかり
     という内容で構成しています。
 

走査トンネル顕微鏡(STM)の簡単なモデル図。このSTMによって、ナノの世界をはっきりと見ることが出来るようになりました。

これによって、パウリの言っていた、「悪魔の住む」金属表面へより一歩近づくことが出来ました。
固体表面に住む悪魔

 8年前に、銅の表面に不思議な世界が存在していることを、この目にはっきりと見せてくれたのはIBMでした。普段私たちが見ている平らで滑らかな銅の表面も、ナノの視点から見ると、さざなみの石庭の風景が存在しています。(銅の固体表面↓19k)
http://www.almaden.ibm.com/vis/stm/images/stm6.jpg

 かつて物理学者パウリは、固体表面を「悪魔の創造物」だと表現しました。平らで滑らかに見える固体表面も、もっと近づいて見ると、電子の軌道や結晶格子の振動など、当時の物理学者にとって手に負えないほど複雑だったからです。

 けれど、今ではパウリの言葉も昔話になりつつあります。最近では、銅の表面に現れるさざなみだけではなく、カーボンナノチューブの中を吹き抜けている波さえも見ることができます。ちょうどパイプオルガンの中で音波がお互い共鳴をし合っているような現象が、カーボンナノチューブの中でも実験で観察することができたのです。

 このようにして、固体表面に住むと恐れられていた悪魔の正体もじょじょに明らかになってきました。それにつれて、この複雑さを利用した「究極のコンピュータ」というものが、かすか遠くに見えてくるようになりました。

 そこで今回は、最近報告されたカーボンナノチューブの表面の様子についてと、そこから何が見えるのかを考えてみましょう。



カーボンナノチューブの魅力


ナノチューブが軽くて丈夫だということは知られていますが、その電気的な性質について詳しく知っている人は少ないのでは…。
 かつてサッカーボールの形のフラーレン(C60)と呼ばれる大きな分子が、科学者の注目の的になっていたことがありました。

 けれど、そのような時期に、フラーレンと同じように炭素からなるカーボンナノチューブという分子が発見されました。すると、それまでフラーレンを研究していた科学者の大部分が、このナノチューブの方に関心を持つようになりました。しかし、サッカーボールではなくチューブのどこに魅力があったというのでしょう?

 カーボンナノチューブの構造を大雑把に言うと、鳥小屋の金網のような形のグラファイト(黒鉛)のシートを丸めて筒状にした形になっています。

 そのため、繊維として丈夫な素材を作ることができます。そんなわけで、実現するかどうかは別として、SF作家のアーサー・クラークは、カーボンナノチューブを利用した惑星間のエレベータというものを物語のなかに登場させています。

 もちろん、丈夫な繊維としてのカーボンナノチューブも面白いのですが、それ以上に面白いのは電気的な性質にあります。

 先ほどグラファイトとの構造の類似点を挙げましたが、あれは全く意味のないことではありません。グラファイトは、わずかですが電気を通します。カーボンナノチューブは、グラファイトよりも対称性ですぐれた分子と言えるでしょう。そのため、電気的性質をいろいろな期待することができます。

 ナノチューブのこういった魅力に惹かれて多くの科学者がカーボンナノチューブを研究するようになりました。そのため90年代の後半から今にいたるまで、一種のカーボンナノチューブフィーバーのような状態にありました。

 その間に、ナノチューブについていろいろと面白いことがわかってきました。例えば、カーボンナノチューブは直径によって、絶縁体や半導体、または普通の金属導体にも変化することがわかったのです。この性質を利用して、カーボンナノチューブの導線やトランジスタといったものがつくられてきました。他にも、まるでロシア人形のような構造をした多層式のカーボンナノチューブや、三又のカーボンナノチューブなども作れるようになりました。

 ちょうど、90年代ごろから、コンピュータチップ業界で、技術的な閉塞感が色濃く漂い始めていました。どうやって200nmの壁を破ろうかと悩んでいたコンピュータの技術者にとって、直径が数ナノメートルしかないカーボンナノチューブの導線は、非常にまぶしく見えたことでしょう。

 そうは言っても、このカーボンナノチューブをコンピュータ部品に使って、どういうコンピュータがつくれるのかと尋ねられると、それにはっきりと答えられる技術者はそう多くなかったでしょう。

 実は、今でも「究極のコンピュータ」というものが、具体的にどういうものかということを答えられる人はほとんどいません。

 けれど、その点では、今回のカーボンナノチューブの報告が大きな足がかりになるといえそうです。話を少しずつその周辺に移していきましょう。




ナノ世界の波の観察

 銅の固体表面に存在している石庭の波形も、カーボンナノチューブの中で音波のように共鳴している波も、全て電子の仕業によるものです。量子の法則が支配するナノの世界では、電子が粒子と波の二重性を持ちはじめるのです。

 その電子の波を目に見える形にしたのが、STM(走査型トンネル顕微鏡,Scanning Tunneling Microscope)と呼ばれる装置でした。

 80年代に発明されたこの装置は、ナノテクノロジーの歴史のなかでも、相当大きな意味を持っています。このSTMとともにナノテクノロジーは歩んできたといえます。このSTMに似た装置はいくつも登場していますが、今でも高性能な顕微鏡として最も多用されている装置と言えます。

 調べたい対象に、非常に細い探り針(プローブ)を近づけ、対象と針に電圧をかけます。この針をじょじょに対象に近づけていくと、針と対象の間のギャップに電気が流れ始めるのです。名前の通り、量子トンネル効果を利用した装置です。後は、この電流の値が一定になるように針の位置を保つことで金属などの固体表面の形やでこぼこを記録していくのです。

 電子の波を観察するためには、この操作方法に少し手を加えます。対象物と針にかける電圧の値を変化させて、その際の電流の値の変化を調べ、ピークを見つけて電子の波を描き出すのです。このような方法で、銅の固体表面の電子の海を描き出すのです。

 一方、このSTMは原子を直接動かすこともできます。これもIBMの研究員が探り針の先で原子をくっつけることができるのに気づき、すぐに原子を直接動かす方法が見出されたのです。この有名なデモンストレーションとして、原子で自社の名前を書いています。("IBM"を原子で書く↓22k)
http://www.almaden.ibm.com/vis/stm/images/stm10.jpg

 いずれにせよ、このSTMを使って今回のカーボンナノチューブの電子の波は観測されました。カーボンナノチューブは、原子が無限に並んだ金属と分子の中間にある特別な存在です。金属表面では、エネルギー準位の似た電子が集中しているため、それぞれの電子の量子的な性質を調べることは難しいのですが、直径が数ナノメートルのカーボンナノチューブでは、いくつかのエネルギー準位に分かれて観察することができると考えられてきました。

 実際にカーボンナノチューブの中に、二つのエネルギー準位の電子のつくる波が、お互いに干渉しながら存在しているということが観察できました。わずかに音のズレたヴァイオリンを同時に演奏したときのように「うなり」も観察することができたのです。

 カーボンナノチューブの電子の波については、今まで波動方程式を使って理論的に予測するだけでしたが、ナノチューブのような少し複雑なものに関しては、今回初めて実験的に観察することができたのです。



究極のコンピュータ実現への足がかり

 ナノテクノロジーを使って、かつては理論上の話に過ぎなかったような「究極のコンピュータ」を実現しようとするには、確かに技術的な面も重要になってきます。

 STMによって配置された鉄原子のサンゴ礁は、人間の作り出した最も美しい芸術と言えるだけでなく、ナノテクノロジーの説得力を強く表現しているものともいえるでしょう。(原子で描いたさんご礁↓35k)
http://www.almaden.ibm.com/vis/stm/images/stm7.jpg

 ただし、このSTMでは、かなり限定された温度や圧力などの条件が必要になるし、大量生産に向かないという点では、まだまだ新しいほかの技術の登場を待たなくてはいけません。

 ただ、重要なことは、技術的な条件さえそろえば、ナノテクノロジーで究極のコンピュータをつくることができるかどうかということです。

 究極のコンピュータというのが具体的にどういうものか今の時点でははっきりと言えないにしても、少なくとも分子のまわりで起こっている現象を取り扱ったものだということは間違いないでしょう。

 ただ、そのときに、どのような材料をコンピュータの部品に使うべきでしょうか?例えば、無機か有機か、原子か分子か、それに生体内の分子やその仕組みを模倣したものかどうかなどと、さまざまな選択肢が浮かんできます。

 なぜその材料の選択が重要になってくるかというと、選択しだいではコンピュータの仕組みそのものがずいぶん違ってくるからです。例えば、現在のようにスイッチをトランジスタのようなものにする必要はあるのかどうか、そもそも導線は必要なのかどうか、アルゴリズムにはどんなものが考えられるのかなどと、選んだ材料によって大きく左右されてきます。

 このような見通しが立たないと、技術面が進歩しても、「究極のコンピュータ」というものの具体的な姿は見えてきません。

 実は今まで、カーボンナノチューブに関して導線やトランジスタこそ出来上がっていましたが、そのチューブの中で、どのように電子が流れているかなどといったことは、ほとんど観察されていませんでした。ナノチューブにコンピュータの部品としての可能性があるのは確かなのですが、電気的な性質がハッキリせず、具体的な見通しは立てにくい状況にあったのです。

 そう考えると、今回のようにカーボンナノチューブ内の電気の流れをつかんだことは、この材料がコンピュータの部品にどのように適しているかということを理解するのにつながります。究極のコンピュータがどうであれ、材料のもつ性質をフルに利用していくことが重要になることはかわりません。

 今後は、カーボンナノチューブ内の波をどう制御していくかなどといった、より難しい課題がいくつも存在しているのですが、今回の発見は、究極のコンピュータの実現への大きな足がかりといえます。


             

関連サイト
今回はSTMのギャラリーなど、いくつか面白い画像があるので、そちらの方をチェックしてみてはどうでしょうか?

STM Image Gallery - IBM R&D(英語)
 ここにIBMの過去のSTMの画像ギャラリーがあります。有名なものや懐かしいものまで・・・。

 ・銅の固体表面1 (石庭に似ている)
 ・銅の固体表面2 (こちらは湖面の波紋かな?)
 ・一酸化炭素男  (遊び心でつくられたアレ)
 ・「原子」    (懐かしい・・・)

ナノテクノロジーの世界 原子を並べて”針金”を創る - 日立
 80年代から走査トンネル顕微鏡(STM)に関わる研究をしてきた日立。現在このSTMはナノテクノロジーの最も主要な武器になっています。「原子細線」などの企業で基礎研究を行っている「日立基礎研究所」の研究員のインタビュー。今回のカーボンナノチューブと話が変わりますが、HITACHIのガリウムを使ったナノワイヤの研究は世界的にも有名です。


電子を使い新しい研究領域を切り開く
 パウリの言った言葉とは"The surface was invented by the devil."この研究室のページで言っているのはSTMのことかな?

The SPM Techique(英語)
 STMの他にも探り針を使った似たような装置があるのですが、それを全てひっくるめてSPM(Scanning Probe Microscope)と言います。いろいろな装置の説明。

Single-electron transistors - PhysicsWeb(英語)
 文中でカーボンナノチューブについてのトランジスタの話が載っていましたが興味がある人はこのページなんてどうでしょうか?図解入りでかなり詳しく書いてあります。

Carbon nanotubes roll on - PhysicsWeb(英語)
 確かに既存のチップの導線と比べると、カーボンナノチューブは遥かに細いです。

Multiwall carbon nanotubes - PhysicsWeb(英語)
 多層式カーボンナノチューブについて。

Two-dimensional imaging of electronic wavefunctions in carbon nanotubes - Nature(英語)
 今回のカーボンナノチューブの電子の波について報告したもの。論文の内容はハッキリ言って難しいです。ただ、ナノチューブの波はこのページでないと見られないよう・・・。

ナノチューブ内の電子の流れが見え始めた - ZDNet日本語版

る_科学ニュース

もちろん他にもいろんな科学コラムがあります。
ぜひ、そちらもよんでください。
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