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ヒトゲノム・デバッグ



---ヒトに細菌と共通の遺伝子が100個以上も含まれている。いったいこれはどういうことでしょうか?この理由をめぐってさまざまな生物学者が議論を巻き起こしています。もっとも、この議論を一部の学者だけの争いだという人もいますが、実はこれと同じ内容が遺伝子組換え技術などの安全性を考える上でも重要になってくるのです。---



この記事では
  ヒトに含まれた細菌の遺伝子
  細菌の進化
  問題の遺伝子のでどころは?
  論争のひろがり
     という内容で構成しています。
 


ヒトに含まれた細菌の遺伝子

 「ヒトには細菌と共通した遺伝子が113個ある。その中には脳の働きにも関わる重要なものまで含まれている。しかも、その遺伝子は細菌から直接ヒトに受け渡されたようだ。」

 今年の二月のヒトゲノム解析のニュースが流れたときには、ヒトの遺伝子の数についての意外性のインパクトが強すぎて、その陰に隠れてしまうことが多かったようですが、同時にこのようなことも報告されていました。

 しかしこれは、いったいどういうことなのでしょうか?今までの考え方ならば、仮に細菌と共通の遺伝子がヒトに含まれていたとしても、それは細菌からヒトへ進化してくる長い過程のなかで受け継がれてきたもののはずです。細菌から直接受け渡しがあったなどということは考えられてこなかったはずです。

 実は、ヒトゲノム計画側がこのようにな報告をしたのには、いくつか理由があります。問題の細菌と共通な遺伝子は、ヒトや脊椎動物には含まれているのですが、ショウジョウバエや線虫といった生物には含まれていなかったからです。つまり、細菌からヒトへと進化をしてくる途中に、ショウジョウバエや線虫などがいるはずにもかかわらず、これらの生物には問題の遺伝子が含まれていないのです。

 この失われたつながりを説明するには、細菌からヒトへ直接遺伝子が受け渡されたと考えるべきだろうという内容の報告がされたのです。

 これまでの生物の進化の概念は、ある種がさまざまな種に枝分かれてしていって、バリエーションが増えていくといった樹形図に似たようなモデルで表されてきました。

 ところが、この細菌とヒトの例のように、離れた種類の生物どうしで遺伝子のやり取りが頻繁に行われていたとしたら、今までの進化の概念はどうなってしまうのでしょうか?


 実はこのことをめぐって、従来どおりに系統発生的に進化について考えてきた生物学者と、比較的最近になってゲノムなどの分子的な観点から進化を検証しはじめた遺伝子学者との間で、しばしば、いざこざが起こるようになってきたのです。

 もっともこの論争が、一部の学者の自説をめぐる争いにすぎないなら、私たちにとって、遠い世界の出来事のように思われるかもしれません。しかし、この議論と同じ内容は単に生物の進化の解釈についてだけではなく、遺伝子組換えなどの技術の安全性を考える上でも重要な内容になってくるのです。


 そこで今回は、ヒトが細菌と共有している百以上もの遺伝子をめぐる議論を、進化の歴史と遺伝子組換えの安全性といったものをあわせて見ていくことにしましょう。



細菌の進化

 少し遠回りになってしまうのですが、まず細菌というものについて少し見ておくことにしましょう。

 細菌は、今から30億年も前と、かなりはやい時期から地球上に存在していたのですが、その分だけ非常にてゆっくりと進化をしてきたと考えられています。そんな細菌の進化は、一般に遺伝子の突然変異を中心に説明されてきました。

 突然変異で遺伝子が変われば、その遺伝子のつくるタンパク質も変わってきます。生体のおもな構成成分であるタンパク質が変われば、その生体の持つ性質も変わってきます。その結果、環境に有利な性質をもった細菌は、増殖して生き残り、逆に環境に不利な性質をもつことになってしまった細菌は数を減らし絶滅してしいったというわけです。これまでは、このように自然淘汰的でシンプルな原理に基づいて、バクテリアがゆっくりと長い時間をかけて進化をしてきたと考えられてきました。

 ところが比較的最近になって、このような自然淘汰的な発想だけでは説明できないような要素が、細菌の進化に関わってきているということが分かってきました。

 細菌の進化を支えたのは、このような突然変異だけではなくて、細菌も別の個体どうしで遺伝子情報の交換していたのだというのです。これまでも、細菌が別の個体どうしで遺伝子のやりとりをしていることは知られていましたが、それは細菌の進化の中ではあまりたいした影響をもたず、進化の中心は突然変異だと考えられていたのです。

 ところで、細菌よりもっと高等といわれる、人間や他の多くの真核生物は、突然変異の他にも、交配などを通して遺伝子情報を交換し合い、より環境に適した性質をもつように進化してきました。しかし、細菌のような性別のない生物の場合は、このような遺伝子の受け渡しはおこりません。

 細菌の場合、遺伝子の受け渡しを行うのは、全遺伝子の一部分だけですが、相当離れた種どうしでも遺伝子のやりとりができると分かってきました。しかも、その受け渡しのされた遺伝子は、一世代だけではなく、そのあともずっと引き継がれることも分かっています。

 このように離れた種どうしで、バクテリアのように遺伝子のやりとりをすることを、"Horizontal Gene Transfer"と言います。このように真核生物の交配とは異なり、かなり離れた種どうしでも遺伝子のやりとりを行うことができるため、急激な進化などが起こりうる可能性があります。

 このような"Horizontal Gene Transfer"などと言う難しい言葉を使うとなじみがないかもしれませんが、具体的な例として、よく知られたものがあります。

 1940年以降、抗生物質が薬品として本格的に利用されるようになってから、病原性の細菌はすぐにこれに耐性を身につけてしまうようになるのが問題になってきました。今では抗生物質神話が薄れてきているように、みなさんもよく知っている事実ですが、では、これはどのように説明できるでしょうか?

 一つは、先ほどの突然変異です。確かに突然変異の起こる確率というのは非常に低いのですが、それ以上に細菌の増殖するスピードは著しいので、耐性を持った細菌がわずかでも登場してくることは十分考えらるのです。

 ところがそれ以上に問題なのは、このHGTの方なのです。例えば、大腸菌がある抗生物質に耐性を持った場合に、大腸菌がその耐性遺伝子をまったく他の細菌、赤痢菌などに受け渡してしまい、赤痢菌までその抗生物質に耐性を持ってしまうのです。このようにして、将来ではほとんどの抗生物質が役に立たなくなってしまうのではないかという懸念さえでてきました。





問題の遺伝子のでどころは?

 さてこのことを踏まえて、再び、2月のヒトゲノム計画の公式発表について振り返ってみましょう。ヒトなどの脊椎動物と細菌には共通の遺伝子があり、ショウジョウバエや線虫、雑草などの生物と細菌には共通の遺伝子はないわけです。つまり、こういった遺伝子が、細菌のHGTによって、直接ヒトにもたらされた候補だというのです。

 もちろんその報告の中でも、ショウジョウバエなどの生物も進化の初期の段階では共通の遺伝子を持っていたのが、交配などを繰り返した結果、その遺伝子を失ってしまったという可能性を否定しているわけではありません。

 しかし、113個の遺伝子のうちすべてではないにしても、いくつかの遺伝子は、細菌からヒトもしくは脊椎動物に直接受け渡されたものだろうと報告しました。


 しかしつい先日、このヒトゲノム計画側の報告に反発して、系統発生的に納得のいくかたちで、問題の遺伝子がヒトに含まれるようになった経緯を説明する報告がされたのです。つまり、問題の遺伝子も、従来どおり進化の過程で細菌から無脊椎動物などを経てヒトへと受け渡されたというのです。

 その報告をした研究チームが、HGTの可能性を否定したのにはいくつかの根拠があります。まず第一に、ヒトに細菌の遺伝子が直接受け渡されるためには、精子なり卵子なりの生殖細胞と細菌の間で、遺伝子のやりとりが行われる必要があります。のちのちもその遺伝子が受け継がれるためには、体のどの細胞でもよいわけではないというわけです。また、その113個の遺伝子は一回の受け渡しで起こるものではないので、何度も生殖細胞と細菌とで遺伝子のやりとりがあったことにならなくてはなりません。

 また、ショウジョウバエや線虫の他にも、調べる対象の数を増やしたところ、寄生虫や水生菌などに似たような遺伝子があることを発見したのです。

 その研究チームは、ヒトゲノムの遺伝子といった大量なデータを統計的に扱うだけではなくて、系統発生的な検証を加えて、進化の樹形図上でどのような道筋で遺伝子が受け継がれていったかということを考えていくことが重要であると結論付けています。




論争のひろがり

 系統発生的に今まで進化というものを考えてきた生物学者と、比較的最近になってゲノムなどの分子的な観点から進化を検証しはじめた遺伝子学者との間でときどき起こる、このような論争を、「ティーポットの中の大嵐」、つまり一部の学者どうしの争いだと皮肉る生物学者もいるのも確かです。

 ただし、この内容の議論は、一部の学者どうしの争いだけではなく、もっと一般の多くの人を巻き込んで、関心をあつめるところにも姿を現してきます。

 細菌が直接遺伝子をやりとりすることで、新しい性質とペースの速い進化を可能にするという点から想像できるかもしれませんが、遺伝子組換え技術についての安全性についての議論に登場してくるのです。遺伝子組換え技術が環境に悪い影響を与えることにならないかといった遺伝子汚染などの問題のことです。

 実際、遺伝子組換えをする際に、細菌を利用して、作物に目的の遺伝子を送り込んでいます。

 例えば遺伝子組換え作物の環境への影響について、よく議論になるもので、除草剤などの耐性を持った組み換え作物の遺伝子が、雑草などに取り込まれて、除草剤ではかれない雑草が登場してしまう可能性があるといわれることがあります。これでは、除草剤の使用量が増え、環境への負担が増えてしまうと言うのです。

 作物に組み込んだ除草剤の耐性遺伝子が、他の雑草に取り込まれるためには、やはり細菌の役割が重要になってくるわけです。

 もし、細菌がヒトのようなまったく種類の異なる生物間でも遺伝子のやりとりするということが歴史上頻繁に起こっていたとするならば、当然組み換え作物と雑草の間で、耐性遺伝子が受け渡されるのを手だすけする可能性もあります。そうなると、遺伝子組換え作物が環境へ悪影響をもたらすことは言うまでもないでしょう。
 
 逆にもし、ヒトと細菌の遺伝子の直接のやりとりはなかったという新しい報告が正しければ、遺伝子組換え作物が環境に与える影響もそれほどのものではないのかもしれません。

 遺伝子組換えの利益となる部分も大きいことは確かなのですが、慎重な使い方をしなければ、抗生物質と同じ結末をたどることになるかもしれません。一部の試験場で環境への影響がなければ、栽培の安全性が示されたとするというのが現段階での環境への影響の評価の仕方で、なかなか他によい方法がない状況です。

 しかし、ヒトゲノムに含まれている細菌と共通の遺伝子がどのような経緯によるものなのかが明らかになれば、もっと確実に遺伝子組換え作物の環境への影響などを評価できるようになるのでしょう。



 

 

             

関連コラム
エイズの起源をめぐる争い
かつてアフリカを救ったポリオワクチンが、今のエイズの元凶になってしまったのか?このときの論争も、HIVの起源がどこにあるのかということは、系統発生的、遺伝子的に調べられました。


関連サイト

ヒト遺伝子、意外に少なかった−−ゲノム解読公表 - 毎日新聞
 ページの下の方に細菌の遺伝子の話が触れられています。

抗生物質が効かなくなる−耐性菌の恐怖 (インタビュー形式)
 「細菌の逆襲」の著者で知られる吉川昌之介教授のインタビュー


--英語の関連記事、論文--

Human genome debugged - nsu
A recount on horizontal gene transfer - NATURE
人に含まれる細菌の遺伝子は直接受け渡されえたものではないという報告。

Initial sequencing and analysis of the human genome - NATURE
今年の二月のヒトゲノム計画の研究報告。問題の報告は"Probable horizontal transfer"の部分に、ヒトに含まれている細菌と共通の遺伝子は直接受け継がれたものではないかということがかかれてあります。

Phylogenetic Classification and the Universal Tree - SCIENCE
生物の進化を樹形図で表すことはできるのか、など。


     

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