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猛獣の前で踊るガゼルと紅葉に共通するものは?


---紅葉について、色素となる成分の化学式を書くことは簡単です。ところが、紅葉する目的は何なのかということは、ほとんど調べられてきませんでした。それぞれ違った色をわざわざつけるのはなぜでしょう?血液の色のように、意味のないことなのでしょうか?そこで、紅葉の目的を考えた生物学者がいます。チーターの前でわざと余裕の踊りを見せてチーター狩の意欲を失わせるサバンナのガゼルのように、紅葉には、害虫に対する警告の意味があるのではと報告しました。---



この記事では
「ダーウィンの進化論のパズルの失われたピース」
子供が思いつく疑問は、生物学上で比較的新しい考え
動物たちの不思議な行動はいったいなぜ?
紅葉の知られざるメッセージ

     という内容で構成しています。
 
「ダーウィンの進化論のパズルの失われたピース」


 サバンナを見渡すと、ライオンの前で、狂ったかのように飛び跳ねているガゼルのオスが目に付きます。命の危険にさらされているはずのガゼルは、なぜさっさと逃げようとしないのでしょう。ライオンの前で飛び跳ねているのは、時間的にもエネルギー的にも消費が激しく、自分の身をより危険にさらしているだけのように思えます。

 鳥のヒナはなぜ、必要以上に大きな声で鳴いて、親鳥からエサを受けようとするのでしょうか?とにかく他のヒナよりも自分がえさを手に入れたいという主張としてとらえるにしても、あれほど大きな泣き声では、天敵に見つかって食べられてしまう危険性まで高めてしまうように思えます。実際、私たちが森の中で鳥の巣を見つけるには、ヒナのうるさい鳴き声を頼りにすることで、見つけられる場合が多くあります。

 そして、クジャクのオスについて。ありきたりに思うかもしれませんが、やはりなぜあれほど派手な羽根を身に付ける必要があるのでしょうか?パートナーを魅了するアピールだと考えるにしても、やはり同時に天敵の目を引いてまでして派手な羽根を持つということは、説明に苦しむところがあります。

 そして、人間のオスメス関わらず、・・・違った、男女関わらず、あくせく働いてまでして、なぜ宝石や速い自動車を手に入れたがるのでしょうか?


 いったい、これらの動物の不思議な行動はどう説明できるのでしょうか?まあ、最後の人間の例は外しておくとしても、どの例でもエネルギー的にコストが大きく、また捕食の危険性を高め命を危険にさらしている点で共通しているように思えます。一見すれば、自然淘汰に対して自ら挑戦しているかのようにすら思えます。

 ただ、どの例も、必死に何かをアピールしているように見えます。また、自然でこのような不思議な行動が行われる場所には、必ずメッセージの送り手側と受け手側が存在しています。ガゼルのオスの場合はライオンやチーターの捕食動物ですし、鳥のヒナは親鳥に対して、クジャクのオスならメスに対してといった具合です。
 ダーウィンの自然淘汰だとか、遺伝子だとかいった小利口な知識が身に染み込んでいると、生物のこういう不思議な行動を見落としてしまいそうです。しかし、生物のこういった行動は、自然淘汰といった発想で説明するのは、そう簡単ではなさそうです。このなぞについては、ときには「ダーウィンの進化論のパズルの失われたピース」などという挑戦的な言い回しで表現されることもあります。

 そこで今回は、動物のこの行動について考えてみるとともに、非常に最近になって、これと同じ発想から発表された植物の紅葉の例も考えてみることにしましょう。



子供が思いつく疑問は、生物学上で比較的新しい考え

 さて、子供なら誰でも一度は考えそうな、この動物の不思議な行動について、本格的に研究をはじめたのは、1970年代初期の、生物学者アモツ・ザハヴィ(Amotz Zahavi)が始めてのようです。

 この謎に答えるために、ザハヴィはあることを考えました。

 例えば、クジャクを例にとって、ザハヴィの考えを検討してみましょう。派手な羽根を持ったクジャクは、確かにメスのクジャクを目をひきつけるでしょう。しかし、単にそれだけではありません。派手な羽根を持っている分、他の捕食動物に食べられてしまう危険性も高まってしまうわけですが、それにもかかわらず今こうしてメスの前に存在しているということは、そんな試練を乗り越えてきたということになります。そんなわけで、派手な羽根を持った自分の存在こそが、試練を乗り越えてきて優れているということの動かぬ証拠になるというわけです。この理由から、地味な羽根のオスよりは間違いなく派手な羽根のオスのほうが優れているというわけです。

 この例のように、ハンディキャップを乗り越えたものほど優れているという考え方から、ザハヴィはこの考えをハンディキャップ原理(the handicap principle)と呼びました。

 しかし問題は、このハンディキャップの克服が、生物の世界で、本当にステータスシンボルとして信頼できるものとして考えられているのかどうかということでした。こういった説が打ち立てれば、議論が巻き起こるのはある程度予測がつくことですが、ザハヴィのやや曖昧な主張もあって、これについてはずいぶんと議論を巻き起こしました。



動物たちの不思議な行動はいったいなぜ?

 そんな15年以上も続いた議論にある程度の収拾をつけたのは、1990年にハンディキャップの克服の信頼性を理論的、具体的に説明したグラフェン(Grafen)でした。グラフェンはこの信頼性について、ザハヴィの主張を含みこみ、そして発展させる形で説明しました。グラフェンはさまざまな観点から、この信頼性を説明しましたが、ザハヴィと比較して、エネルギー的なコストの大きさの面から説明をしました。例えば同じクジャクの例でも、確かにハンディキャップの原理を認めつつも、さらに、羽根を維持するにはそれだけ栄養的に十分でなくてはならないと説明しました。

 ガゼルの場合も、ライオンに対して、「俺はお前の前で踊っているほど、余力が残っている。だから、お前が追っかけてきても捕まらないぞ。追っかけるのなんてやめちまえ。」と言わんばかりに、有り余るエネルギーを持ち合わせていることを誇示していると説明しています。

 このように、口頭の議論は、それなりにもっともらしく聞こえるのですが、実際グラフェンたちは、数学やモデルを使って平衡などを考えることによって、かなり理論的に考察しました。まるで経済学を思わせるような雰囲気がただよっています。こうして、グラフェンの説やモデルをもとに、90年代以降、再度この内容が研究されることとなりました。

 それ以前のザハヴィと同じ内容を扱っていても、その論理の展開はずいぶんと異なったものなのです。今でもこの説は大きな関心をあつめて、さかんに議論されています。



紅葉の知られざるメッセージ

 秋になると、木々の葉は赤や黄といった色を帯びはじめます。ところで、もし子供に、なぜ紅葉はおこるのと尋ねられて、どれだけの人がしっかりと答えることができるでしょうか?私たちの中には、秋になれば葉緑素があせて、赤や黄の色素がでてくるからだと説明する方もいるかもしれませんが、たいていの子供はその答えに不満げです。

 紅葉のもととなる色素が何で、どんな化学式をしているかとか、いつごろに現れてくるかといったことを研究している専門家は多くいます。しかし、わざわざ紅葉というエネルギー的にコストの大きいことをするのはなぜかといったことに対する理由を考える学者はあまり多くありませんでした。

 ところが最近、この紅葉の理由について、グラフェンの説の考え方で説明をした論文を報告した研究チームがいます。つまり、木々が、わざわざエネルギー消費の大きい紅葉という手段で、信号をおくっていると考えたのです。しかし、そう考えるには、信号の受け手がいなくてはなりませんし、伝えるべき内容も考えなくてはいけません。冬を迎える前に木々は誰に何を伝えようとしているのでしょう?

 その相手とは、木々にとって脅威の害虫であるアブラムシ(aphid)なのです。何を伝えようとしているかということは話の流れから大体つかめるかもしれません。ガゼルがジャンプをしてエネルギーが有り余っているのを猛獣に見せ付けて襲う気を失わせるのと同じように、木々は紅葉というエネルギー的にコストの高いことをして害虫のアブラムシが冬に寄生しないように警告しているというわけです。

 特にアブラムシは色に対して選好みが激しく、赤や黄といった明るい葉の木は避ける傾向があるとされています。

 さて、この説もやはりと言うか、さまざまな反対意見が飛び交わされています。アブラムシといっても多くの種類があり紅葉によって一部のアブラムシを寄せ付けないだけではあまり意味がないといったものや、そもそも紅葉すること自体はそれほどエネルギー的に消費の大きいことではないといったものなどがそうです。結局は紅葉も、人の血液が赤いのと同じように、特に意味はないというわけです。

 確かに、紅葉が木々の隠れたメッセージだと考えるのは、なんとも面白い話ですが、まだまだ説得力をもつ程度にはいたっていません。けれど、この説のよいところは、実際に観察や実験によって検証が可能だということです。おそらくすぐにではないでしょうが、いずれは、それなりに納得のいく報告がされることでしょう。

 それにしても、もし木々の紅葉がハンディキャップ原理によるものなら、これは植物にとってはじめての例というだけでなく、すべての生物の中で最も派手で美しい主張だといえそうです。

関連サイト
この記事を書くのに参考にしたページをいくつか紹介します。

The Royal Society Proceedings Biological Science(英語)
 英国の科学誌。今回の紅葉の説が発表された雑誌。
 >"22nd July 2001;Volume 268 p1489 Number 1475"

In Memory of Bill Hamilton(英語)
 紅葉の説を考え出した故ビル・ハミルトンのページ。

Carl T. Bergstrom(英語)
 ・Honest Signalling
 この人のホームページは面白かったです。なお本文でも書きましたが、口頭の話だけでなくて、実際には経済学みたいな数式とダイアグラムのモデルもつくっているようです。興味のある方はこちら

Trees tell pests to leaf off - nature science update(英語)
 おそらく"leaf off"は"leave off"のこと。"leaf me alone"とか。ナンセンス。

The Chemistry of Autumn Colors(英語)
 紅葉の化学。色素や葉緑素について。化学用語を少しばかり交えながら。

gazelle - BritanicaOnline(英語)
 ガゼルといわれてもいまいちピンとこない人のために。

□書籍紹介□
『生物進化とハンディキャップ原理 性選択と利他行動の謎を解く』
 アモツ・ザハヴィ著、大貫 昌子訳/白揚社
 本文でも紹介したザハヴィの著作。彼のハンディキャップ原理では、あまり数式などは出てこず読みやすい内容だと思いますが、その分納得できない人もいるかも。社会部分の考察などは読んでいて面白い。




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