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失われた抗生物質に望みをつなぐナノチューブ


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失われた抗生物質

 従来の抗生物質は、ほとんどが自然から得られたものです。ペニシリン、バンコマイシンといったものもそうです。生物のなかでつくられる抗生物質も自然淘汰のなかで生まれてきたもので、私たちはそれを切り抜いて利用してきました。

 どうやって抗生物質が細菌を死に追いやるかということについては、いくつかの方法がありますが、主には細菌の細胞壁を攻撃するというものです。細胞壁の特定の分子一つを抗生物質が狙って、細胞壁がうまく機能しないようにする働きをもっているのです。細胞壁が弱まると、細菌は内圧に耐えられなくなって破裂して死んでしまいます。ちなみにバンコマイシンなどの抗生物質がヒトには無害であるのは、ヒトの細胞にこの細胞壁がないという違いのためです。

 しかし、そういった抗生物質の攻撃に対して、細菌の方も出し抜かれたままではありませんでした。私たちの裏をかいて実に巧妙に進化を遂げてきたのです。例えば、院内感染などで何かと耳にすることの多い、耐性黄色ブドウ球菌というものがあります。この耐性菌と抗生物質との闘いは、不釣りあいなトランプゲームの代表例と言えるでしょう。

 細菌の細胞壁には、糖鎖が多く存在していて、そこにアミノ酸が5つ鎖状に繋がった短いタンパク質、正確にはペプチドがくっついています。あるペプチド鎖の5番目のアミノ酸が、別の糖鎖のペプチドの3番目のアミノ酸と結合しあって、かぎ編みのように糖鎖を束ねて丈夫にしています。こうして細胞壁の強度を保っています。

 ここでバンコマイシンは、このペプチド鎖の内側から5番目のアミノ酸を覆ってしまい、結果としてペプチドどうしの結合がなくなって、かぎ編み状の構造をゆるくしなり、細胞壁の強度を弱くするのです。こうして細菌を死へ追いやるのです。(言葉ではイメージが湧かない方はこちらの図: )


 こうして細菌をうまく出し抜いたはずのバンコマイシンでしたが、細菌は実に巧妙な進化をしました。バンコマイシンは、ペプチド鎖の5番目のアミノ酸だけを狙って攻撃します。そこで、細菌はその5番目のアミノ酸の構造の一原子を変えたのです。そのため、バンコマイシンはそのアミノ酸にうまくくっつくことが出来なくなり役に立たなくなったのです。バンコマイシンが1つの分子しか狙わないという性質を利用して、わずかに原子を変えただけで私たちを出し抜いたのです。細菌のこのトリックは実に巧妙といえます。

 しかし細菌にとってみれば、一日の数千回にも及ぶ細胞分裂のなかで、たまたま突然変異によって一原子が間違ってできてしまっただけに過ぎないのです。このようなところにも、自然淘汰というジョーカーのようなカードを持った細菌の恐ろしさをうかがうことが出来ます。

 改良したバンコマシインと細菌との闘いはこのあとも何度も続きました。人がさまざまな方法で、もとの性質が失われない程度に、バンコマイシンをいじくりまわして、細菌を出し抜きます。けれどやはり、細菌はジョーカーを使って、そんな私たちの裏をかくのです。


 こんなわけで、改良バンコマイシンもすぐに耐性菌の登場でだめになってしまいます。そうこうしているうちにも、耐性黄色ブドウ球菌などの脅威は増していきます。テレビや新聞でもよく目にするようになってきました。

 こう切羽詰った状況では、医療現場としては、仮に新しい抗生物質が数年でだめになってしまうとしても、とにかく新しい抗生物質の登場を望むかもしれません。けれど、抗生物質の研究開発に携わる関係者は、この不釣合いなトランプゲームに少しでも変化をもたらそうと必死になっています。

 例えば、細菌が耐性を持つことが難しいような、自然のものとはまったく異なった抗生物質の開発や、少しでも耐性菌の登場を抑えるために特定の細菌だけを対象にした抗生物質の開発などがそうです。今回紹介する新しい抗生物質もまさにこの発想から登場しているのです。


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