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会社情報
更新: 2008/10/27
会社情報

会社概要 沿革

[ 会社データ | アクセス | 沿革 | 取引実績 ]

2008年

11月
事業拡大のため、かつ京都大学本部キャンパスの近くの思文閣会館に制作事務所を移転。少し奮発して90平米の大きめの事務所を借りる。前の北白川と比べると今回の百万遍はずっと繁華街なので、昼ごはんのバリエーションが増えることがありがたい。

8月
長いこと更新が滞っていたサイエンス・グラフィックスのホームページをリニューアル。一見、普通なビジネスサイトだが、裏ではブログのWordPressが走っているため、のちはこまめな更新を行うようになる。

大阪府立工業高等専門学校のインターン生2名を受け入れ。今回で三回目。前年の分子モデルの三次元描画システムの開発をテーマに行う。前年の成果・教育プログラムを元に発展させているので、十分な成果を挙げてくれる。この成果物は近いうちに何らかの形で公開される予定。

6月
社内ネットワークの大幅整備、本格的にグループウェア、ハードウェアを導入し、生産管理体制の見直しを進める。

4月
このころには仕事の大小あるものの、年間150件近い案件をこなすようになり、正社員にもう一人来てもらい、3人が常時業務に勤める体制に。

2007年

9月
代表の辻野が経済産業省・情報処理推進機構の未踏ソフトウェア創造事業に採択される。テーマはなんと「フィギュア・食玩の造型師ソフトウェア」という一見、サイエンス・グラフィックスに関係のなさそうな内容。しかし、3DCGの資産をCAD/CAMに活用すること、CADではできない有機的な形状のモデリングを3DCGベースに進めることなど、根底ではサイエンス・グラフィックスにつながっている。ちなみにスーパークリエーターには惜しくも(?)なれず。

8月
大阪府立工業高等専門学校の情報研究科のインターン生4名を受け入れる。分子モデルの3次元描画システムの開発を行う。Managed DirectXや化学の知識などかなり盛りだくさんな内容ながら、しっかりと目標を達成。

7月
人材派遣会社の紹介を介して、初の正社員を雇用。

3月
資本金を300万円に増資し、サイエンス・グラフィックス株式会社に改組。
制作オフィスの模様替えを行い、デザイン事務所(風)の内装を行う。

2006年

8月
大阪府立工業の電子情報科のインターン生3名を受け入れる。科学技術データベースのWebアプリケーションをテーマに実習を行う。この成果物は後々の事業に生かされていく。

このころから、大学の先生の紹介などで、京都大学のナノメディシン融合教育ユニット、ナノテクノロジー総合支援プロジェクト(のちの京都・先端ナノテク支援ネットワーク)、包括的融合アライアンス、NEDO・JSTの各プロジェクトと様々な研究プロジェクトの広報などにかかわるようになる。

3月
大学院の卒業とともに、京大VBLオフィスの他に、実質的な制作活動の場所として制作オフィスを設ける。家賃などの条件から決めたのだが、偶然にもオフィスは京都で有名なラーメン屋「天下一品」の本店の上。以後、食には困らなくなる。

2005年

10月
それまでほとんど辻野一人で活動を進めていたが、ようやくアルバイトを常用的に雇用するように。近くの造芸大生数名と事業を進める。

9月
京都大学の副学長松重教授に監修をお願いし、数研出版から「CD-ROM・カラーCGで見るナノテクノロジーの世界」を執筆・編集する。

6月
京都ナノテククラスターの「表現アドバイザー」という形で、ナノテクの成果発表の広報物や報告書の作成に参加させていただく。

2004年

12月
当時特例で施行されたばかりの「1円で会社が設立できる法律(中小企業挑戦支援法)」にのっかるかたちで、「サイエンス・グラフィックス有限会社」(資本金100万円)を設立する。設立日をこの日にするのは大げさということで避けていたが、手続きがずれ込んで12月24日というオチとなる。

3月
京都高度技術研究所の主催で「しって・みて・ナノテク」入門など、CGアニメーションを織り交ぜた一般・子供向けのナノテクノロジー講座を行う。以後も、年に1、2回行う。

2003年

8月~
出版社の紹介で、文部科学省の知的クラスター事業を推進している京都高度技術研究所に顔を出すようになる。このころから、産学連携などの認識を深めていく。京都市地域プラットフォーム事業「商品化・新事業可能性調査事業」などにも支援をしてもらい、科学技術コンテンツの市場の可能性を探る。
また同時期に、京都大学のベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの主催する若手研究助成に応募し採択される。これがきっかけで、ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーの一室(より正確には一机)を借りることができ、起業の準備を着々と進める。

6月
出版をきっかけに、辻野が月刊アスキーや日経BPなど技術系のライターとして活動を始める。当時は、辻野は大学4年生で研究室に配属されていたが、平日ライター活動で研究室を抜け出すこともしばしば。
また、ライター活動とともに、3DCGデザインを始めるようになり、個人で小さな案件を請け負うようになる。

3月
メルマガの内容が偶然、出版社の目にとまり、「こちら気になる科学探検隊 ナノテクノロジーを追う」、「こちら気になる科学探検隊 バイオテクノロジーを追う」(日経BP)と運良く2冊の本を出版する。

2002年

6月
ナノテクノロジーを3DCGイラストを織り交ぜながら解説する「ナノエレクトロニクス.jp」というサイトを開設する(アーカイブとしてこちらからご覧いただけます)。

2001年

1月
代表の辻野が、当時ブームになっていたメルマガで「こちらは気になる科学探検隊」というメールマガジンで、最新の科学技術ニュースを分かりやすく解説した記事を配信。その後、Webサイトも併設する(アーカイブとしてこちらからご覧いただけます)。